消費者行動の変化と心理的所有感への注目
この記事は、日本マーケティング学会発行の『マーケティングジャーナル』Vol.43,No.1の巻頭言を、加筆・修正したものです。
消費者の製品・サービスの購入にともなうモノの所有は、長らくマーケティングにおいて重要な目的の一つと考えられてきました。しかし近年、シェアリングエコノミーの台頭などにより、製品・サービスを所有せずに楽しむことができるようになりました。本やCD、DVDなどの有形財を購入することによって消費されていた文学や音楽などのコンテンツを、無形財として楽しむことも当たり前になりました。
モノを所有せずに利用する場合、消費者は消費する対象物を“自分のモノ”であると感じることができるのでしょうか。あるいは、触ることができない無形財を消費する場合においても“自分のモノ”だと感じるのでしょうか。そして“自分のモノ”であるという感情は、現在の環境下において消費行動にどのような影響を与えるのでしょうか。
このような、個人が所有の対象(物質的または非物質的)またはその一部が“自分のモノ”であるかのように感じている状態を「心理的所有感(Psychological ownership)」といいます。
所有からアクセス、物質から体験へ進化する消費
モアウェッジらの論文では、心理的所有感においてデジタル技術主導の消費は2つの次元、すなわち(1)法的所有型から法的アクセス型へ(図1の縦方向の矢印)、(2)物質型から体験型へ(図1の横方向の矢印)に沿って進化していると指摘しています。各象限には事例が示されていますが、各象限内の相対的な位置は意味を持ちません。図1の事例を見ると、多様な製品・サービスにおいて消費形態の選択肢が広がっていることが理解できます。
こうした消費行動の変化は、“自分のモノ”という感情の根幹を変え得る変化といえます。実際、この10年間は心理的所有感に関する特集号が複数の学術誌で編纂され、心理的所有感に関する包括的な議論が活発に行われています。我が国においても心理的所有感に関する研究は増加傾向にあります。
こうした背景から『マーケティングジャーナル』Vol.43,No.1では心理的所有感を特集テーマとして設定し、最新研究を集めてこの領域の理解を深めることとしました。本特集号の招待査読論文の執筆者は、マーケティングおよび消費者行動、消費者心理における気鋭の研究者たちです。