CRMで陥りがちな“罠”とは?
『エリクシール』は、今年で40周年を迎える資生堂のエイジングケアブランド。16年連続で、化粧水および乳液市場の売上ナンバー1を誇る。
今回のディスカッションのテーマであるCRMについては、2021年に会員サービス「エリクシールクラブ」をスタートさせ、ポイントを含む「ロイヤリティプログラム」や「会員限定オファー」、おすすめのスキンケアなどを提案する「パーソナライズ提案」などのサービスを展開してきた。顧客データの基盤を作りながら、1to1コミュニケーションに注力し、個別のKPIを追ってきた形だ。
だが、エリクシールの国内におけるデジタルマーケティングを統括する小暮氏は、以前のCRM施策を振り返りながら、「CRMの罠」に陥っていたと切り出す。
「日々活動していると、手段と目的が逆転して、CRMを回すことがゴールになりやすい」と小暮氏。小さなKPIを改善し、さらに細かくセグメントすることなどに目がいってしまい、「本質的に何をお客さまに提供しなければならないのかというところが欠けてしまっていた」と明かした。
エリクシールのCRM改善を支援したブレインパッドの藤掛氏は「やはりどうしても自社の製品を買ってもらいたい気持ちがあるので、企業本位になってしまう」と認めながらも、「CRMの本質は顧客理解。無理のない活動を続けることが大切」と述べる。
そうした状況から脱却するため、エリクシールでは「お客さまとのコミュニケーションや対話をすること」をCRMの目的と定め、KPIを見直すことにした。CRMの本質を捉えたKPI設計とするために意識したのは、「顧客との対話」と「事業成果(売上)」の両方を見られるようにすることだ。
「CRMは、より細かくセグメントしたり、頻度を多くしたりすれば良いというものではありません。大切なのはお客さまと対話を重ねていくことで、お客さまとの対話が上手くいっているのかを測るのがKPIの役割です。そして、KPIを設計する時は、我々の日常業務と売上向上という事業のゴールに紐づけ、すべてを一気通貫に見られるようにすることが非常に重要だと考えています」(小暮氏)
エリクシールが行った、CRMのKPI設計
では、具体的には、どのようなKPI設計が行われたのだろうか。
それまでエリクシールでは、「商品軸」でコミュニケーション施策を行うことが多かった。商品軸のコミュニケーションとは、たとえば新商品が出た時に「どのようにしてその商品を顧客に受け入れてもらうか」を考えるようなもので、CRMにおいては商品のリピートやクロスセルを狙うことになる。
こうした商品軸でのKPIはそのままに、エリクシールでは新たなKPIとして「顧客軸」を追加。顧客のステージに応じたコミュニケーションを図れるよう、会員ランク(レギュラー、ブロンズ、シルバー、ゴールド)を設け、各ランクからツリー状に枝分かれさせる形でKPIを設定していった。
これにより、より顧客を細かく見ることができるようになったと小暮氏。さらに、商品と顧客の2軸で課題を見られるようになったことで「次に何をすべきか、施策の足し算と引き算で明確に考えられるようになった」と話す。
態度変容を促すキードライバーをいかに見つけるか?
続いて、本題の顧客とのコミュニケーションについて、どこに着目し、どのような改善を行ってきたのかが紹介された。
着眼点について、小暮氏は「お客さまの態度変容を促すキードライバーを見つけることを重視した」と述べる。具体的には、「購買行動など何らかの態度変容、認識変容が起こる時、複数の要素が組み合わせって起こることもあれば、1つのキーになるような要素が購買を促すこともある。どのような要素をオファーすることで、どのような変容が起きるのかを見つける作業を行なった」と補足した。
小暮氏の話を受け、藤掛氏は「マーケターの勘と経験でやってしまいがちな部分だが、データを基にキードライバーを捉えることは重要。これにより、顧客のニーズやペインなどの大きなキードライバーを発見することができる」とする。
CRMコミュニケーションとして実際に検証した事例を紹介したのは、エリクシールの支援を担当しているブレインパッドの児玉氏。児玉氏は、足し算をすることで成果の上がった施策と、逆に引き算をしてみることで成果が出た施策をそれぞれ紹介した。
追加して成果が出た施策、勇気を出して止めてよかった施策
はじめに「足し算」とされる施策は、ウェルカムメールだ。初回購入を促すにあたっては、会員登録から60日以内のアクションが重要であること、コミュニケーションの周期は約7日間が適切であることがデータから判明。そこで、会員登録から複数回に分けて、メールでコミュニケーションを図ることにした。
これについて小暮氏は、「一定の期間にある程度の量のメールを送付するとなると、離脱の原因になってしまうのではという不安があった」とし、それでも挑戦した理由として「元々最初の60日が大事ということは理解していたが、ブレインパッドさんはそれを定量的にデータで示して下さった。購入のタイミングにも波があるということがデータでしっかりわかったので、やってみようと決めた」と述べた。
次に「引き算」で成果に繋がった事例は、定期配信していたメルマガだ。メルマガにおいては、「定期的に送らなければ」「全員に送らなければ」といった固定概念がある。だが、新しいKPIでメルマガ施策を検証したところ、必ずしも顧客との対話やコミュニケーションという点で良い効果をもたらしていないということが明らかになったという。
やめるというのは勇気のいる決断だが、「データで客観的に示されることで、思い切ってやめることができた」と話す。
「データというファクトを基にすることはとても大切だと実感しました。成果という観点だけでなく、お客さまがどう感じているのか、どういうニーズがあるのかなど、数字では語れないところを読み解くこともポイントだと思います」(小暮氏)
売上高は昨対比で約1.3倍に!考えられる成功の要因2つ
ブレインパッドの支援を受けながらCRMの見直しを行い、取り組みを開始してから、およそ半年が経過している。気になる成果はどうなっているのだろうか?
小暮氏は、「売上高は昨年対比で約1.3倍」と明かし、加えて「1つ1つのコミュニケーションの反応率も上がっていると感じる」と具体的な手応えも共有した。
小暮氏の分析によると、この成果の要因は大きく2つ。1つは、やはりKPI設計だ。「KPIを再設計したことで、目指すべきゴールをしっかり共有できた。これに向かって、チームでPDCAを回せるようになった」とする。
加えて、もう1つの成功要因は「チーム」だ。CRMなどをプロジェクトとして推進していく時、チームで成果を出せるかは非常に重要なポイントだ。しかし、自社内にスペシャリストを揃えることは難しい。だからこそ、社外の知見やスキルを柔軟に活用することが重要で、今回のエリクシールのCRM改善においては、データ分析に強いブレインパッドの存在が大きかったという。
「餅は餅屋と言われるように、顧客と商品の理解に強い我々と、データに強いブレインパッドさん、それぞれの強みを融合して強いチームを作ることができた点も成果の要因だと思っています」(小暮氏)
売上が成長傾向にあり、今勢いのあるエリクシール。小暮氏が率いるマーケティングチームが掲げている目標は今より高く、KGI(売上)目標も高く設定されている。この目標を達成すべく、今後は「デジタルで得られた知見をいかにリアルに融合させていくか」を考えているのだという。たとえば、データから得た情報をリテール向けの営業現場、商品開発などに役立てるようなことも考えているそうだ。
最後に小暮氏は「CRMの本質は、お客さまとどう対話をしていくのか。その積み重ねだと思います」と話し、経験や勘に基づくマーケターの感性を失うことなく、定量的なデータも組み合わせることで、マーケティングをより進化させていきたいと抱負を語った。
顧客定着とブランド成長を両立させるCRMへ
ブレインパッドのご支援は単なる“分析支援”ではなく様々なビジネスの場面で誰もが培った経験+データ分析から得られた示唆で“意思決定ができる仕組み”をつくることです。本記事で興味を持たれた方はブレインパッド公式サイトからお問い合わせください。