石屋製菓やスタートアップ企業支援組織を対象とした、ケース・スタディ・リサーチ
さて、こうした手続きに則り、どのような研究が可能になるのでしょうか。本特集号では、4つの論文を掲載しています。
1つ目は、Yin(1994)の翻訳者でもある近藤による、石屋製菓を対象としたケース・スタディ『製品ブランド、企業ブランド、地域ブランドの相互作用とダイナミズム―石屋製菓株式会社のケース研究―(PDF)』です。本論文は、Yin(2018)に従って発見型ケース(revelatory case)として位置付けられ、複合的なブランドの相互関係性を捉えようとしています。
石屋製菓を代表するブランドは「白い恋人」です。白い恋人は、幾多の苦難を乗り越えて成長を続け、今では「北海道」や「日本」と結びつくようになりました。同時に白い恋人が成長する中で、企業ブランドである石屋製菓もまた成長し「ISHIYA」ブランドとして価値を高めています。これらのブランドの価値形成過程を明らかにするべく、本研究ではケース・スタディが採用されています。
2つ目の論文は、水野・中川・石田によるスタートアップ企業の支援組織「DMM.make AKIBA」を対象としたケース・スタディ『「あいまいな問題」と「解決」を支援するしくみ―DMM.make Akibaを事例として―(PDF)』です。本論文では、スタートアップ企業が創業前後に直面する「あいまいな問題」とその解決行動に焦点が当てられ、なぜ/どのようにこれらの問題が解決されるのかを明らかにすることが目的とされています。
起業時、あいまいな問題は“とりあえず”解決されながら、コミュニティの形成や対話を通じて正しい問題の発見につながっていく過程が示されています。なお本論文では、データベースも活用されている点に特徴があります。
ヌーラボやクラシコムを取り上げたケース・スタディ・リサーチ
3つ目の論文は、吉田・二宮・三井・大田による株式会社ヌーラボのケース・スタディ『パートナーとの協働を通じた起業家の目的形成―株式会社ヌーラボの事例研究―(PDF)』です。本論文は、先の水野たちの研究に似て、起業家の目的がなぜ/どのように形成されていくのかを捉えようとしています。
さらに起業、成長、上場の3フェーズに分けることで3つのケース間比較が可能になるとし、追試の論理(同じ対象に同じ方法を試すと、誰が実験を行っても同じ結果が出る考え方)に従い再現可能性が確認できるとされています。ケース・スタディはしばしばサンプル数の少なさが問題だとされてきましたが、うまく議論を設計することの重要性がわかります。分析の結果、意外にも目的ありきではない起業や目的の創発、異なるコミュニティ間での相互作用の重要性が確認されました。
最後に4つ目の論文は、本條による「北欧、暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコムを対象としたケース・スタディ『サービス・ウィズ・ケア―「北欧、暮らしの道具店」のケース・スタディ・リサーチ―(PDF)』です。
本論文もYin(2018)に従い、探索的ケース・スタディ(exploratory case study)として位置づけられるとともに、競合説明(rival explanation)が設定されることにより、どちらに対する説明がより妥当であるのかを検討する構成になっています。本論文ではビジネスにおけるケアの倫理と正義の倫理が対比され、分析の結果、ケアの倫理の有効性が主張されます。
これらの論文を通して、それぞれの事例の面白さはもちろん、ケース・スタディ・リサーチについての理解を深めていただければ幸いです。