「なぜそれを買ったのか」はデータ化できない
MZ:その心理の把握を、顧客に直接インタビューすることで行っていくのですね。AIが発展する今の時代だからこそ、ますます重要性が増しているといえそうです。
西口:その通りです。人の心理にも色々あって、ある程度のデータ化は進んでいます。例を挙げると、アイスクリーム市場には「気温が〇℃を超えるとアイスクリームが売れ始める」といった経験則があると思いますが、これは何割かの人が暑いと感じて「アイスを買おう」と判断する平均気温なわけですよね。最近だと天気予報のビジネスを展開する事業者が、「どの商品のどの在庫を増やすほうがいい」といった予測データを1時間ごとに企業に提供しているそうです。
ただ、それはあくまで全体の傾向から導き出された市場の売れ行き予測であって、その時に「競合よりうちのアイスクリームを買ってほしい」「単に価格を下げるのではなく、うちを選んでほしい」と思ったら、もっと心理を深掘りする必要があります。
なぜそれを買ったのか、欲しいと思ったのかという心理的な動きは、まだデータ化できていません。それらを読み切った上で、何を提案したら価値を見出してもらえるか、喜んでもらえるかは、相手をある程度知って初めて思い付けることです。
顧客理解の力はますます重要になる
MZ:そこまではまだ、AIにはできそうにない領域ですね。
西口:もうしばらくかかるでしょう。AIがマーケティング活動に寄与すればするほど、この心理の把握による顧客理解が人間に残された仕事になると思います。より強固な価値が成立する顧客とプロダクトの組み合わせを見つけたら、そのマッチングを最大化する部分はAIがどんどん進めるようになるでしょう。要するに、AIが得意なのは「どう売るか」の部分です。
MZ:ちなみにMarkeZineはマーケティング部門の方以外に、商品開発や営業の方などにも読んでいただいていますが、そうした方々にも顧客理解は重要でしょうか。また、マーケティング業務といっても全般ではなくプロモーションなど部分的にしか関わっていない、いわゆる縦割りの組織の方も少なくないと思います。そういった場合は、顧客についてどのくらいの解像度を持てるといいですか?
西口:私の答えはシンプルで、会社の中でどんな立場にいる人にも「顧客とプロダクトの間にどんな価値が生じているか」を理解することは重要です。仮に今はごく限られた業務にあたっていても、またマーケティングではない業務だとしても、それは社内のどこかにつながり、その先には必ず顧客に相対しているからです。
会社によっては、組織や社内の分断のようなやりづらさがあるのはよくわかります。ですが、AIが発展するほど「人ならではの力」が個人のキャリアにも重要になるので、顧客理解の力をぜひ伸ばしてほしいです。部署や業務が違うと、理解の度合いや理解している側面が違うので、様々な部署に足を運んで話を聞けるといいですね。