STPすら神話であり、その通りにブランドが成長するわけではない
田中:ここまででSTPに関する言及がいくつかあったので、STPを例にエビデンスベーストマーケティングの理解を進めていきたいと思います。それこそ、STPが正しいか否か、なんて考えるマーケターはかなり少ないと思いますが……。
芹澤:ちょうど最近、エビデンスベーストマーケティングの総本山である南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所から、STPと矛盾する証拠(エビデンス)を先行研究から大量に収集し、メタ的に整理した論文が発表されました(Sharp et al., 2024)。この論文の分析を参考にしながら、簡単にご紹介しようと思います。
まず、いったん「ブランドはSTPに則って成長する」と仮定しておきましょう。すると、その仮定のもとに、さらに次の3つの仮説が立つはずです。
1.(ブランドがSTPに則って成長するならば)同じようなターゲット・ポジショニングで展開しているブランドと、より多くの顧客を共有する傾向になるはずである。
2.(ブランドがSTPに則って成長するならば)ターゲットセグメントからの新規獲得とリピートが主な成長ドライバーになるはずである。
3.(ブランドがSTPに則って成長するならば/ブランドがSTPに沿って戦略を策定したならば)ブランド間で提供(訴求)するベネフィットが異なり、それに応じてユニークな顧客構成になるはずである。
論文では、銀行の浸透率と顧客共有率の変化を数年にわたって迫った結果が紹介されています。ここでは要点を絞り、次の2つの傾向を踏まえておきます。
【A】顧客の共有(奪い合い・スイッチ)はターゲットやポジショニングではなく、浸透率によって決まる。つまり大半のブランドは、大きなブランドとより多くの顧客を共有し、小さなブランドとはより少ない顧客を共有する“傾向”がある(もちろん絶対ではなく、例外もある)。
【B】浸透率が一番低いブランドの成長推移を数年間観測すると、他の全てのブランドから同じくらいの顧客を獲得することで成長を遂げていた。
ここで冒頭の仮説に戻ります。1つ目に「(ブランドがSTPに則って成長するならば)同じようなターゲット・ポジショニングで展開しているブランドと、より多くの顧客を共有する傾向になるはずである」という仮説を置きました。これは、言い換えると「STPが似ているからこそブランド間で顧客の奪い合いになり、そこで集中的にブランドスイッチが起こるはず」ということですが、現実はそうなっていません。【A】によると、顧客の共有やブランドスイッチは、ベネフィットやポジショニングではなく、ブランドの規模に応じて規則的に変化しています。

続いて、2つ目の「(ブランドがSTPに則って成長するならば)ターゲットセグメントからの新規獲得とリピートが主な成長ドライバーになるはずである」について。こちらは【B】の結果が矛盾を明瞭に示しています。
STPがブランド成長の“型”を表しているなら、ターゲットやポジショニングの違うブランドから均等に顧客を獲得して成長するのは不自然です。しかし実際は各ブランドから少しずつ顧客を獲得して成長しているので、「STPはどこにいった?」という話になるわけです。【A】にしろ【B】にしろ、「たまたまそういうデータを持ってきただけじゃないの?」と思われるかもしれませんが、たくさんの再現研究があります。気になった方は文末の文献リストから調べてみてください。
3つ目の仮説について。STPで成長するなら、各ブランドの差別化ポイントやベネフィットに応じて異なる顧客が集まってくるはずですね。同じカテゴリーでもデモグラや価値観によって需要が異なる、だからセグメントを分けて異なる価値提案をすべきだと考えるわけです。であれば、各ブランドの顧客プロファイルも大きく異なってくるはずです。逆にどのブランドも似たり寄ったりの顧客構成になっていたら、やはり「STPはどこにいった?」ということになります。
このことを、消費財、耐久財、サービス財を含む数十のカテゴリー、数百のブランドで検証した大規模な研究があるのですが、結論として、同じカテゴリーで競合するブランド間の顧客構成はほとんど変わらないことが示されています。近年にも再現研究が行われ、同様の傾向が報告されています。
アレンバーグ・バス研究所だけがそう言っているわけではありません。そもそも、これは別に新しい話ではなく、パーソナリティや価値観、ライフスタイルのような心理変数がブランド選択に与える影響が小さいことは、実はかなり以前から知られています。一般的に、価値観やライフスタイルなどの心理変数では、行動の1割も説明できないのが“普通”なんです。こちらも文末にいくつか実証研究を挙げておくので、確認してみてください。