リキッドな価値観を捉える挑戦(フリュー・村木宏壽)
こうした調査を試みたのは、コロナ禍よりも前から進展していた消費社会における価値観の液状化、すなわちリキッド消費がコロナ禍をきっかけに急速に我々のビジネスにも影響を及ぼし始めてきたという危機感を感じていたためでした。
リキッド消費とは社会学者であるジークムント・バウマンが提唱した『リキッド・モダニティ:液状化する社会』(大月書店)という概念に由来します。バウマンが示したこの社会の変化は、もっとゆっくりと進行していたのではないかと思いますが、コロナ禍によって既存の価値観の崩壊が急速に早まったと考えています。この変化に対応するため、従来の価値基準を見直したのがこの調査の始まりでした。
フリューの創業事業であるプリントシール機ビジネスの主要ターゲットは、社会の変化に敏感な若年女性です。小林さんの実体験のように、非常に短い間隔で変わっていく彼女たちの感性に対し、年間200回以上の座談会で対話をし続けてきたことで「女子高生の生活」という文脈に適合した商品展開を進めてきました。
その一方で商品展開目的だけでなく、様々なテーマ・手段を通じて彼女たちの生活全般に焦点を当てた研究を積み重ねてきたことにより、これまでのプリントシール機ユーザーとは異なる“ある文脈”が迫ってきたことにも注目していました。それが2021年の新語・流行語大賞にノミネートされた「推し活」ブームです。
このブームにより、それまでにも少しずつ広がっていた「オタク」の裾野が更に広がることとなり、いわゆる「リア充」の象徴と思しき「女子高生」文脈と、「オタク」文脈の融合が進んだものとみています。
2017年の矢野経済研究所の調査では18~69歳男女の19.9%がオタクであると自認している(※4)一方、対象が異なるものの2024年にフリューが行った調査では、15~59歳男女の32.3%が現在オタクであると自認しており、「オタク」であることがより一般的になってきていることがわかります。
こうした文脈の変化は、プリントシール機の価値を示す表現である「盛れる」だけでは今後の生活者の価値文脈に寄り添い続けられないと危惧し、この概念を拡張化・一般化する新たな評価概念の研究が必要となりました。そうした中で見出したのが、「オタク」「推し活」文脈にも沿っておりフリューのもう1つの中核事業であるキャラクターMDビジネスにも通じる表現である“かわいい”でした。
今回の調査では、まずは「女子高大生が感じる“かわいい”」に焦点を当ててその意味の幅を理解することを目的に、グラフィックレコーディングによるワークショップを実施しました。当初の想定通り、彼女たちの日常生活にはあらゆるところに“かわいい”が存在しており、その意味の幅はとても多様で複合的な表現であることが分かりました。
ワークショップの中でも特に印象的だったのは「クラスの中であまり喋らない男の子がいて、よく分からなくて印象も良くなかったんだけど、ふとした時に見た仕草が『大型犬みたいでかわいい』と思った」というエピソードです。これは“かわいい”というものが審美的・絶対的な評価概念というわけではなく、対象への理解が深まることで「観察者が対象を承認した」瞬間の感情を示しており、そうした流動的な愛着感情の変化はリキッド消費の特徴に似ているように感じます。
今回の調査成果により、“かわいい”という概念の探究は、企業のマーケティングプロセスにおいて消費者の行動変容を促す重要な要素となりうることが明らかになりました。