形容詞である“かわいい”を理解することの難しさ(インテージ・小林春佳)
突然ですが、あなたは普段の生活の中で“かわいい”という言葉にどの程度触れていますか? 辞典の意味通り、小さいものや弱いものに使う“かわいい”以外に「かわいい!」と喜びや嬉しさを表現する機会や「かわいいでしょ?」と賛同を求められる機会、普段とのギャップに“かわいい”を使ったり使われたり、様々な場面で耳にすると思います。
最近では、外国人観光客も「so cute」ではなく「kawaii」を使う人が増えました。一般的な用語であるにも関わらず、“かわいい”は辞典の意味を通り越して、幅広い意味や使い方がされているがゆえに、学術的な解明が難しい状況です。
2006年に『「かわいい」論』(ちくま新書)を執筆した四方田犬彦氏も、同書のエピローグで、「多面的な様相をもった“かわいい”に対して順序立てし、樹木の根源から先端まで辿るような思考法では役に立たない(※1)」と、“かわいい”を解明することの難しさを述べています。
時代・年齢・世代によって“かわいい”の捉え方に違いが生じることも、“かわいい”を解明することの難しさと感じています。たとえば「平成ギャル」と呼ばれた時代がちょうど10代だった筆者の例を挙げると、2つ年上の先輩たちまでは、ルーズソックスにかわいさ、いや、ルーズソックスを履く自分たちにかわいさを感じていましたが、私たちの学年では、紺ソ(紺ソックス)を履く自分たちこそかわいいと信じていました。わずか2歳の学年差でも“かわいい”の感性が異なり、変化し続ける“かわいい”を追い続けること、“かわいい”を正確に理解することは、非常に困難だと感じます。
一方で、2022年に発売された『Kawaii経営戦略 幸福学×心理学×脳科学で市場を創造する』(髙木 健一・小巻 亜矢著、日経BP)では、Kawaii市場規模が24兆円(参考値)と予測されている(※2)こともあり、マーケットにとって“かわいい”は、無視できない要素であり、理解を深めていく必要性がありそうです。
令和の女子高生・女子大学生の“かわいい”を知る
そこで今回は、フリューの皆さんと時代とともに変化する“かわいい”を解像度高く理解し、考察することに挑戦しました。本調査では、現代の女の子における“かわいい”の概念や“かわいい”の変化を捉え、私たち企業が想像している“かわいい”をアップデートし、再定義することを目的として、令和の女子高生・女子大学生の“かわいい”を知るための座談会(グループインタビュー)を開催しました。
座談会開催にあたり、高校生・大学生と10歳以上も年齢が離れた我々が彼女たちの“かわいい”を再現性高く理解(加えて、理解の個人差をできるだけ小さく)できるかが課題でした。通常のグループインタビューでは、発言録が作られ、発言録やデブリーフィングを基に分析・考察をします。
しかし、今回は“かわいい”と文字で記録されてもどのようなニュアンスなのか文章から読み取ることが困難、あるいは読み手によって“かわいい”の捉え方が異なってしまうことが予想されました。そこで、グラフィックレコーディング(※3)を使って、発言をイラストにすることで細かなニュアンスの違いを理解し、受け手による捉え方の差異を小さくする工夫をしました。
座談会当日は、フリューが運営する会員組織から女子高生・女子大学生を5人リクルーティングしました。イラストは、5人の学生に「かわいいと思ったときの自分の気持ち」を聞いた時のグラフィックレコーディングです。
イラストで描かれることで視覚的にも違いがよくわかります。たとえば、瞬間的に感じる「きゅんっ」や「きゃー」という熱狂的な感情や、時間をかけて心温まるような「パァ~」、ある仕草をふと目にしたときに、「あ…ええやん…」と時間をかけてかみしめる感情の違いがイラストの表情から視覚的に読み取ることができます。
行動を通した“かわいい”として、誰と・何を、というプロセスも含めて「にやにや」「わくわく」し、プロセスによってその感情が高まる様子もうかがえました。また、身近な知り合いの仕草に「きゅんっ」となったり、「にぎりつぶしたい」、あるいは「もだえる」ほどのかわいさを抱く人もいました。かわいい対象物やその人と自分の関係性で感情の高ぶり方や感じ方が異なります。つまり、関係性構築の過程でかわいさが芽生えるケースもありそうです。
今回の調査から、普段何気なく使われている“かわいい”には、発している言葉から表出されない多様な感情と背景(関係性)が存在することがわかりました。特にプロセスそのものをかわいく仕立てることやプロセスを想像、あるいはプロセスがあることによって“かわいい”が成熟していく様子は、興味深いと感じます。
マーケティングの観点として、モノ消費からコト消費、さらにトキ消費にシフトしている中で瞬間的にかわいいものを提供する以上に、“かわいい”の体験をどのように設計または提供できるかが、若者を対象としたマーケティング戦略ではキーとなりそうです。
今回のように多様なコミュニケーションや解釈の差異が大きくなる調査においては、手法を工夫することで企業メンバーの理解度が統制され、共通認識の下、議論することができ、探求活動の活性化に繋がることを実感しました。