競合優位のカテゴリで「手も足も出なかった」
改革によって意識・組織に変化が生まれたものの、結果がついてこなければ苦しい状況に変わりはない。低アルコール飲料の多いRTDは、競合他社が非常に強いカテゴリだ。未来のレモンサワー開発前のアサヒビールでは「手も足も出ない状態だった」と西村氏は振り返る。
「味覚」と「情緒」の2軸で商品の差別化を図ることが多いアルコール飲料業界。他社がまだ手を着けていない隙間を狙って細かく差別化しても、消費者には他の商品との違いが伝わりづらい。既に競合他社のヒット商品が存在感を放つ市場において、隙間を狙うアプローチは賢明とは言えなかった。
そこでアサヒビールでは、改革のポイントにも挙がった「Consumerに集中せよ、そしてワクワクさせよ」に則り「独自化」という第三の道を選んだのだ。独自の新商品を生み出すため「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」の技術を応用するブレストが続けられた。缶チューハイにレモンスライスを入れてみるアイデアも、そのブレストで生まれた案の一つだという。
2023年5月頃、テストマーケティングが行える自社BtoCサイト「ASAHI Happy Project」で十分な数が売れたことをきっかけに、レモンスライス入り缶チューハイの量産方法が本格検討され始めた。意識・組織の改革を経たからこそ、未来のレモンサワーに辿り着いたと言えるだろう。
ロットによって味が変わる!?前代未聞のチャレンジ
作ったことも売ったこともない商品の開発に、当然ながら苦労は絶えない。未来のレモンサワーでは、レモンをシロップ漬けにして乾燥させ、それを缶に封入して液を注ぎ、蓋をしている。
封入された状態で液を吸って沈んだレモンスライスが、開栓した際に炭酸の気化によって浮き上がってくる。言葉で説明するとシンプルだが、複雑なのはその体験を生み出す品質規格だ。気化するエネルギーよりもレモンスライスが重い場合は浮き上がってこないため、数々の実験を重ねた結果、レモンスライスの最適な厚さが決められた。
厚さが均一であるものの、封入されているのは人工物ではなく本物のレモンスライスである。それはつまり、レモンが浸かっている期間次第で風味や香りが変わり、開けたタイミングによって味も異なることを意味する。同じ商品でも品質が異なる点について、戸惑いを示すメンバーもいたようだ。
「工場での品質をいかに維持して生活者の元に届けるか──我々は飲料メーカーとして、このチャレンジと必死に向き合ってきました。だからこそ、味の可変性に抵抗を感じたのです。購入者からクレームが寄せられる懸念も抱いていましたが、レモンの収穫時期や経年によって味が変化する点を逆に個性と捉え、社内の理解が得られるよう品質規格を定めました」(西村氏)
ほかにも、検品体制の構築や生活者の関心が高いハーベストフリーのレモンの調達など、チャレンジを挙げ出せばきりがない。他部署のメンバーや外部のパートナーと協働する局面が多いため「ここまでこだわらなければ、お客さんを驚かせられない」という共通認識を持ちながら、西村氏は商品開発の歩みを進めた。