Web3が生活者の購買行動にもたらす変化とは?
――Web3とマーケティングの関連性を考える前に、最初にWeb3の概要を説明いただけますか。
重松:Web3は一言でいえば「紙と同じ信頼性をデジタル上で担保できる」技術です。一見、何がすごいのかと思う方もいるかもしれません。しかし、この技術があらゆるイノベーションを起こしています。
たとえば、戸籍謄本や卒業証書、不動産証明書などは提出の際、紙の原本を求められますよね。なぜPDFなどのデジタルデータではダメなのかというと、いくらでもコピー可能で、結果どれがオリジナルのファイルかわからず、本物であることが証明できないためです。
一方、一時期話題となったNFTアートは億単位の金額で取引されています。これは、NFTが紙キャンバスなど実体のある絵画と同等の価値を持つと証明できるようになっているためです。このようにWeb3の世界では、ブロックチェーンの技術を用いてデジタル上のデータを本物と証明することができ、これが社会のあらゆる場面に活かせると期待されています。

――複製が容易にできてしまうデジタルの世界でも、ブロックチェーン技術を基盤にNFTや暗号資産のような、価値のあるものを提供できるようになるのは理解できました。一方で社会や生活者にどのような影響を与えるのかがまだイメージできないところがあります。重松さんは、どのような変化が訪れると考えていますか。
重松:ブロックチェーン技術の活用によって、取引の透明性が高くなっていくのですが、これがあらゆる商品・サービスに導入されて新たな顧客体験が生まれます。
たとえば中国のあるサービスでは、キャラクターのフィギュアが当たるオンラインくじを引いた際、最初にブロックチェーン上で所有権が付与されます。もしキャラクターが重複した場合も、ブロックチェーン上の所有権をユーザー間で売買することができるのです。最終的に、ブロックチェーン上の所有権をフィギュアに交換すると申請したユーザーのもとへ、フィギュアが送られてきます。
この仕組みによって偽物とすり替えられる可能性がなくなりますし、配送にかかる費用や時間も削減できます。これらの仕組みは中国人が毎日使っているチャットアプリWeChatのミニプログラムとして完結しています。
青山:重松さんが挙げたオンラインくじの例でわかるように、Web3が一般社会に浸透すると購買体験がよりスムーズになっていくはずです。
たとえば、Webサイトで買い物をする場合も、Web3の技術を通じて企業と生活者、または生活者同士が、直接決済を一瞬で済ませられるようになります。今はさまざまな決済プラットフォームを仲介してEコマースでの決済が行われていますが、Web3では、例えば国を跨いだ取引でもより安全に、より迅速に売り手と買い手が直接取引することができます。また、取引の記録が残るため、二次流通の場合でもスムーズな返品交換が実現できるようになるなど、これまでの購買のあり方も変化していくのだと予想しています。

CRMの強化に相互送客の活発化、Web3がマーケに起こす変化
――今後Web3が浸透すると、マーケティングはどう進化するのでしょうか?
重松:NFTを発行した企業は誰がそのNFTを保有しているか確認することが可能です。そのため企業がNFTを活用した場合、既存のCRMと組み合わせることで、顧客とのつながりをより強固にできます。昨今の自動車保険では安全運転をしていると割引になるものが出てきていますが、その証明にNFTを活用すれば、加入者がどれだけの期間安全運転を続けてきたのかも可視化できます。このように、NFTの保有者がどのような人かわかれば、アップセルやクロスセルも容易になっていくでしょう。
青山:この顧客とのつながりを強固にできる話をすると「既存のCRMはWeb3に置き換わっていくのか?」という質問をいただくことがあります。しかし、私は置き換わることはなく、Web3とCRMの組み合わせで土台が強固になると考えています。NFTなどの活用で顧客接点が増えて行える施策も増え、信頼性の高いNFTから得られる情報で顧客理解がより進んでいくためです。
――CRMを強化できる以外にWeb3をマーケティングに活用する方法はありますか。
重松:その他にも、企業同士の相互送客をスムーズにするという使い方もできます。たとえば、お子さんのいる母親をターゲットとする企業は、ベビーカーや粉ミルクなどの各種メーカー、赤ちゃん用品店など様々です。そこで、お母さんを応援したい企業がそれぞれNFTを配布し、相互に参照してマーケティングに活かすことができるようになれば、生活者にとっても利便性が高まり、また参加企業のマーケティング活動も効率が良くなるでしょう。
――企業同士がデータを参照してマーケティングに活用するとのことですが、顧客の情報を提供することに対して不信感を抱く生活者もいると思いますが、その点に関しては対策可能なのでしょうか。
お客様の「この情報は知られなくない」といった課題に応える技術として注目されているのが、ゼロ知識証明技術です。特定の情報を知っていることを、事実を明らかにすることなく他社に数学的に証明できる技術のことで、個人の秘密を守りながら、企業が適切な形でデータを活用できるようになります。
先ほどの例の場合、その人の名前や年齢、住所を知らずともお子さんのいる母親であることをNFTで証明することが可能になります。
松尾:Hakuhodo DY ONEと博報堂キースリー、NTT Digitalでは、共同でマーケティングにNFTを活用した事例があります。たとえばスポーツチーム様とのプロジェクトでは、試合に来場してくださったお客様にNFTを配布し、NFTを多くためたお客様に特別な体験を提供する仕組みを整えています。

NFTを通じてお客様とのつながりを作り、スポンサーを巻き込んだプロモーションなどに活用して、スポーツチームとステークホルダーとの相互送客を実現しようと考えています。これがWeb3を用いた新しいロイヤリティ施策だと考えています。
――スポーツチームの事例を紹介いただきましたが、Web3を活用したマーケティング・プロモーション施策と相性の良いビジネスはなんだと思いますか。
重松:スポーツ・エンターテインメントビジネスとの相性は良いですね。コアなファンによるコミュニティが形成されており、コアなファンを中心にNFTの取得・活用が進みやすいためです。スポーツ・エンターテインメント以外であっても、ファンコミュニティが形成されている商品やサービス、ブランドであれば、活用できる可能性が高いです。