広告業界の変革期にADKが抱く危機感
──ファングロース戦略の話題に入る前に、近年の業界動向についてお伺いします。ADK MSでは、市場競争の激化とメディア環境の多様化が進む昨今の広告業界をどのように捉えていますか。
竹下:テレビCMなどのペイドメディアに頼らずとも、企業のオウンドメディアで商品価値が十分に伝わる時代です。コンサルと広告の領域が曖昧になり、単なる広告会社は存在価値が薄くなってきていることを日に日に実感していますし、危機感を抱いています。

1998年にNTT入社。SEとしてキャリアを開始し、広告宣伝部門へ異動。2006年に博報堂へ転職してストラテジックプランニングを担当し、デジタルマーケティングやデータドリブン領域に特化した後、2019年にADKへ入社。現在はデジタルマーケティングからAI開発まで幅広い領域を統括している
竹下:自社でデータやノウハウを蓄積する広告主が増えている上、マーケティング担当者は自社商品のことを徹底的に考えています。そんなマーケティング担当者を圧倒するほどの気づきや付加価値を、広告代理店が提供することは困難になってきているでしょう。広告代理店に求められていることは間違いなく変化・高度化しています。
──広告のあり方が大きく変化している昨今においては、広告代理店のみならず、広告主側の課題感も変わってきているのではないでしょうか。クライアント企業からよく聞く悩みがあれば教えてください。
三橋:「良い商品をたくさん作れば売れる」時代が終わり、メディアがパーソナライズされていく中で、企業からの一方的な発信は顧客(消費者)に届きにくくなっています。

1998年にインタービジョン(現Frontage)入社後、黎明期の動画配信事業に携わる。2001年に電通に入社、インターネット広告の基盤整備から始まり、ECサイトの立ち上げと黒字化を実現後、北京電通デジタル部門創設にも貢献。2022年にアクセンチュア、2024年3月にADKへ
三橋:これからは顧客一人ひとりに合った商品はどれか、末永く使っていただくにはどうすれば良いのか、顧客が抱える悩みに寄り添って、コミュニケーションのやり方を考えていかなければなりません。もはや「企業課題」と「顧客課題」はイコールになりつつあります。
ADKのルーツに立ち返る「ファングロース戦略」とは
──ADK MSは、2024年から「ファングロース戦略」を本格的に展開しています。「ファン」にフォーカスした戦略を打ち出した背景を教えてください。
竹下:近年、デジタルマーケティングが浸透したことによって、「広告やコミュニケーションに血が通わなくなってきている」という感覚がありました。本来は人の感情を動かし、満足させることを得意としてきた業界なのに、消費者に対して「囲い込み」「刈り取り」といった言葉を使うのは、あまりにも無機質ではないでしょうか。そこで、私たちは顧客の「好き」という感情に焦点を当てた戦略に立ち返るべきだと考えました。
ADKグループはかねてより、コンテンツビジネスを生み、育ててきました。コンテンツビジネスの当事者と言える「ADKエモーションズ」、広告マーケティング領域を専門にしている「ADKマーケティング・ソリューションズ」、この2社が同グループ内にあるのは非常にユニークなコアバリューと言えます。自社の強みを再認識すべく、私たちは「ファングロース戦略」を掲げました。
──ファングロース戦略では、クライアント企業へどのように価値を提供されているのでしょう。
三橋:ファングロース戦略では、「心理軸」と「経済軸」による2軸の施策を提案しています。「心理軸」では、ファンはどのように商品・サービスやブランドへ愛着を持つのか、構造を解き明かした上で、「信頼できる」「応援したい」という気持ちを醸成する施策や、つながり作り。また、「経済軸」ではLTVを上げるためのCRMを中心とした施策とマネタイズポイント作りです。
概念的に捉えられがちな「ファン」をメソッド化
──ファングロース戦略はどのような業種・業態において特に有効でしょうか。
三橋:熱狂的なファンを創出しやすいのは、IP、ゲーム、エンタメ業界です。アパレルブランドや高級品、アルコール、自動車、嗜好品も同様ですね。また、保険、学習塾といった加入・継続型サービスも、顧客との持続的な関係を前提としてファンを生みやすい傾向にあります。その他、D2C、来店型サービス、BtoBサービス、経済圏を持つような企業グループにも幅広く有効です。

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──様々な企業での活用が期待できるのですね。しかし、ファンの創出や関係強化に再現性を持たせたり、効果測定を行ったりすることは可能なのでしょうか?
竹下:確かに概念に共感いただいたとしても、実際に我々の提案を採用いただくための説得材料は不足していたかもしれません。プランナーが説明しやすく、データサイエンティストが見ても妥当性があり、クライアント企業にとってはキャッチーでわかりやすい指標が求められていました。
そこで、具体的な裏付けとして、「グロースポイント(仮)」という独自指標を鋭意開発中です。ファンマーケティングの指針になるような段階的なステップを設定し、それを定量的な判断材料とします。現在は少しずつ実戦投入を始めている段階ですが、ファングロース戦略の概念と指標をセットにしてご提供できるよう、引き続き準備していきます。
多様なデータと生成AI技術で「武器」を磨く
──グロースポイント以外にも、ファングロース戦略を推進するソリューションや施策があれば教えてください。
竹下:データ収集や活用に関しては主に3つ、精力的に取り組んでいます。
1つ目は、ADKが持つ情報資産の活用度を高めるプロジェクト。ADKグループでは2008年から「ADK生活者総合調査」という大規模調査を毎年実施しており、1万名以上のオリジナルの生活者データを保有しています。このデータを生成AIと連携させ、ペルソナを自動生成できるツール「エモグラ」を開発しました。デモグラフィック特性にとどまらない、エモーショナルなペルソナを生成し、ファングロース戦略に役立てることが可能です。

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竹下:2つ目は、外部データの積極活用による情報武装。元々ADKグループはIP・ゲーム・エンタメ分野の独自データを豊富に持っています。しかしファングロース戦略は、加入・継続型サービス、来店型サービスなど、注力領域が多岐にわたるため、自社調査データだけでは不十分な場合もあります。不足するデータは外部パートナーから積極的に調達し、それぞれの注力領域に特化した「専用の武器」を磨いているところです。
3つ目は、ファンビジネスを得意とする企業とのアライアンス連携。企業間の知見を組み合わせることで、新たなフレームワークを考案するなど、ファングロースビジネスの価値を相乗効果で高めていけるよう、取り組みを推進しています。
幅広いタレント力で最適な顧客体験をデザイン
──ファングロース戦略を推進するにあたり、組織の特徴やメンバーの強みがあれば教えてください。
竹下:ADK MSには、コンサルティングの部署、マーケティングツールの導入支援をする部署、クライアント企業と一緒に商品開発をする部署などがあります。加えて2025年に立ち上がったのが、三橋の所属するエクスペリエンス・デザイン本部。従来のペイドメディアだけに限らず、様々な形の顧客体験を提供していくために、社内の精鋭が集ったチームです。
──では三橋さんからも、エクスペリエンス・デザイン本部について詳しく教えてください。
三橋:我々は、ファン(顧客)に対する理解を促進し、それぞれにマッチした顧客体験を提供することで継続的にPDCAを回しながら、クライアントビジネスの持続的な成長を支援しています。
昨今、「顧客中心企業」という考え方が浸透していますが、「ファン」は言うなれば「究極の顧客」。ファンが喜ぶ「究極の顧客中心企業」になるために必要な施策は様々です。クライアントの課題解決を目指し、商品開発、広告施策、そして生成AIを活用したシステム開発など、ADKが持つ幅広い手段から各企業に最適な顧客体験をデザインしています。
──カバー範囲が非常に広大ですね。
三橋:はい、それに資する幅広い人材と体制が整っていることが我々の強みです。ADKのコンテンツビジネスを熟知したプロパーメンバーと、多様なバックボーンを持ち他社からジョインしたメンバーや外部パートナーとの掛け合わせによって、新たなシナジーが生まれています。たとえば日本IBMとの共同事業「alphabox(アルファボックス)」もその1つです。CXコンサルティングユニットを組み、戦略策定から施策実行までシームレスにサービスを提供しています。
ファングロース戦略の事例とは
──ファングロース戦略で成果を上げている具体的な事例はありますか。
竹下:たとえば、ある学習塾では、ファングロース戦略によって退塾率を削減し、実施前と比較して大きく改善する成果が生まれました。サービス品質の可視化や品質維持の課題に対し、AIを活用した「退塾リスク予測モデル」を提案し、構築しました。
三橋:こちらの学習塾は広告出稿でもお付き合いの長いクライアント企業でしたが、従来の広告媒体にこだわらず、「退塾率を下げ、継続率を向上させる」ことをゴールに設定しました。加入・継続型サービスとファングロース戦略の相性の良さが証明された事例となりましたね。一般的に、顧客離れを5%改善すると利益が25%改善されるという法則があり、それを実証できた取り組みだったと考えています。
他にもADKでは、スポーツチームへの支援、アーティストを起用した商品開発など、これまでADKが強みとしてきたIP系とは異なる領域のコラボレーションも、続々と進行中です。
──最後に、ファングロース戦略の今後の展望について教えてください。
三橋:ファングロース戦略は、言わば「究極の顧客中心企業への変革」。顧客中心企業が増えることで、世の中はもっと良くなっていくと願っています。
竹下:ファングロース戦略は、広告業界におけるADKの「正しい差別化」につながるでしょう。「選ばれる企業」になるために、社員がファングロース戦略を都度適切な視座や語り口でクライアントに伝えられる状態を目指していきます。
ADK TIMES
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