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【ニッセイ基礎研究所 解説】「共創」視点で再定義する「サステナブル・マーケティング」

持続可能性にマーケティング力が試される時代へ── ポジショニングとターゲティングで社会価値を実装する

「社会課題を市場機会へ」 政策と生活者をつなぐマーケターの着眼点

 では、サステナブル・マーケティングを実際にどのように進めていけばよいか。

 進める上で大切なことは、どの社会課題のテーマと自社の事業活動を結びつけていくか=「ポジション」を定めることだ。持続可能性に取り組む企業では、このテーマを「マテリアリティ」として整理している。マテリアリティとは、企業が優先的に取り組むべき重要な課題を指す。企業が主に投資家をはじめとするステークホルダー向けに発行する報告書などでも使われており、社内での議論にも役立つ。

 この背景には、経済産業省が2022年8月に公表した「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」で示された「企業成長と社会課題の解決を同時に進める」という考え方がある。企業と社会がともに成長していく方向性を整理した「マテリアリティ」は、マーケティングにとっても指針となる

 ポジションを検討する際には、国の政策にも目を向けたい。政府は「SDGs実施指針」に基づき、官民連携で持続可能な開発目標(SDGs)の実現に取り組んでいる。17の目標と169のターゲットに対して各省庁が予算措置を行い、多様な施策が展開されている。

 ただし注意すべきは、「政府が注力している分野=マーケティングにとって有望な分野」とは限らない点である。行政の施策はあくまで社会全体への貢献を前提に設計されている一方で、マーケティングは生活者との接点で成果を出す必要がある。だからこそ、政策と自社のターゲット層の関心が重なる「接点」を見つけることが、サステナブル・マーケティングの効果を高めるカギとなる。

 たとえば、SDGsの目標に注目すれば、目標11「住み続けられるまちづくりを(都市)」、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう(産業基盤)」、目標8「働きがいも経済成長も(経済成長)」などは、GX(グリーントランスフォーメーション)やインフラ再整備、地域交通網の再設計などといった政府の重点政策と重なっている。一見すると、消費財やデジタルサービスを扱う企業には距離があるように感じられるかもしれないが、視点を変えると多様な可能性が広がっているのだ。

SDGs達成に向けた政府の取り組み(SDGs目標別まとめ)事業件数上位一覧
【表2】SDGs達成に向けた政府の取り組み(SDGs目標別まとめ)事業件数上位一覧

SDGsの目標に関連して考えられるマーケティング施策例

・目標11「住み続けられるまちづくりを(都市)」:住宅・不動産、家電・IoT、モビリティ、流通といった分野における、EV配送~カーボンニュートラル化に伴うCO₂削減量の可視化。飲料・食品、ホテル、交通の業種における、地産地消メニューや観光地限定商品によるブランド体験作りなど。

・目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう(産業基盤)」:フードテックによる店舗オペレーションのDX化や、それに伴い食品ロス量を可視化するような取り組み。

・目標12「つくる責任・つかう責任」:リフィル容器やリサイクル素材の活用、ボトル回収による消費者へのインセンティブ還元など。デジタル分野では、賞味期限を管理するアプリ、「訳あり商品」を扱うECサイトや、廃棄期限が迫る食品のフードシェアリングサービスを利用したフードウェイスト、その削減量を数値化するサービスなど。

 目標12「つくる責任・つかう責任」や目標3「すべての人に健康と福祉を」は、多くの業種のマーケターが取り組みやすく、生活者の関心ともつながりやすい「王道のテーマ」とも言え、最初の一歩を踏み出しやすい選択肢と思われる。

 このようにサステナブル・マーケティング活動を進めるにあたっては、社会全体を見渡す視点を持ちつつ、日々の業務の中で、経済・社会・環境のそれぞれに対し、「企業が得るリターン」と「社会や地域への波及効果」の両面から価値を捉えることが必要となる。製品改良やマーケティング活動においても、自社の成果のみならず、地域や社会への影響までを意識することで、施策に一層の説得力が生まれる。

 サステナビリティが企業活動の主流となった今こそ、企業の理念や社会的メッセージを、生活者の実感へとつなげる「マーケティングの知恵」が求められている。言い換えれば、社会貢献とマーケティングを架橋する視点こそが、サステナブル・マーケティングのもう1つの本質であるとも言えるのではないだろうか。

価格を超える「意味」の戦略~サステナ時代の消費者理解

 その一方で、現在の経済環境は、国際情勢の変化や為替、資源価格の動きなどが重なり、判断の難しい状況が続いている。ニッセイ基礎研究所の分析によれば、所得や賃金は上昇傾向にあり、物価の上昇ペースはやや落ち着きつつある。ただし、日用品や食品といった生活必需品に関しては節約志向が見られ、消費者の購買行動には依然として慎重さが感じられる。

 こうした先の読みづらい状況だからこそ、サステナブル・マーケティングにおいては、ポジショニングに加えて「誰に、どのように伝えるか」、つまり消費者理解とターゲティングの重要性が一層高まっていると言えるだろう。消費者理解の観点では、サステナブルな行動に対して新たな兆しが見え始めている点に注目したい。

 ニッセイ基礎研究所の2023年および2024年の調査によれば、省エネ家電や詰め替え型の日用品、マイボトルの持参といった、日常生活に取り入れやすいサステナブルな行動が広がっている。また、社会的な価値観に共感し、それを重視する消費者の存在も見逃せない。

 「エシカル消費」と呼ばれるこの傾向では、多少価格が高くても納得できる理由がある商品やブランドが選ばれる。特に、女性や家庭内で購買判断を担う層にこの傾向が強く、別の調査では「環境に配慮した商品を選びたい」と答えた女性が6割を超えている。単に価格が安いから選ぶのではなく、「自分の選択に意味がある」「環境への配慮がいずれ自分に返ってくる」といった納得感ある購買行動が広がっているように見える。

消費者のサステナビリティ行動の変化
消費者のサステナビリティ行動の変化

 一方で、2024年にかけて「時間やお金に余裕があれば取り組みたい」「何をすればよいか分からない」といった消費者の声も高まりを見せている。企業には、こうした声に応え、サステナブルな行動への参加をよりわかりやすく、実行しやすい形で支援することが求められているとも言えるだろう。

消費者のサステナビリティへの使命感/責任意識・制約/障壁の変化
消費者のサステナビリティへの使命感/責任意識・制約/障壁の変化

 一般的に、サステナビリティに配慮した商品(たとえばエシカル商品)は価格が高めと言われており、価格重視のニーズとの間にギャップが生じやすい。ある研究によれば、エシカル認証製品は非認証製品と比べて平均で1〜2割高いとされている。この「価格の壁」を乗り越えるには、企業の工夫に加え、消費者の興味・関心を高め、その価値を伝えることで「(高くても)買ってもよい」と思われる設計も重要となる。

 ニッセイ基礎研究所の見通しでは、生活必需品の価格に対する消費者の敏感さは依然として根強さがあり、今後も価格と価値のバランス設計がカギを握ると思われる。

企業のサステナビリティ活動への期待の変化
企業のサステナビリティ活動への期待の変化

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事例:楽天が2018年にスタートした「EARTH MALL 」プログラム

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【ニッセイ基礎研究所 解説】「共創」視点で再定義する「サステナブル・マーケティング」連載記事一覧
この記事の著者

小口 裕(オグチ ユタカ)

株式会社ニッセイ基礎研究所 准主任研究員

多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)。消費者行動の専門家として、エシカル消費、サステナブル・マーケティング、地方創生を中心に研究・政策提言を行う。過去、20年以上にわたり、自動車、食品・飲料、デジタルコンテンツ、自治体などの多岐にわたる分野の消費者調査や研究に従事。...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2025/06/17 09:00 https://markezine.jp/article/detail/49314

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