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生成AIブランド戦略の幕開け──Anthropic “Keep thinking”キャンペーンの衝撃

なぜ“Keep thinking”は心に響いたのか?

 “Keep thinking” キャンペーンが注目を集めた理由は、単に生成AI企業がブランド広告を打ったことの新規性だけではない。クリエイティブの質とメッセージの一貫性が、テック業界を超えて広く評価された点にある。

 まず、コピーの力である。「Keep thinking(考え続けよう)」という言葉は短く普遍的であり、余計な説明を付けなくても直感的に意味が伝わる。生成AIの複雑さや技術的な側面を強調するのではなく、人間が主体であることをシンプルに示すことで、AIに対する不安を和らげる効果がある。このコピーは、Anthropicが掲げる「安全で思慮深いAI」というブランドアイデンティティを、最も簡潔に体現した表現である。

 次に、映像トーンの選択である。90秒のフィルムは落ち着いた色調と余白のある演出で構成されており、テクノロジーの未来的・過剰な表象とは一線を画している。人間の表情や自然な所作を切り取ることで、AIを「人間に寄り添う存在」として提示することに成功している。こうした表現は、消費者が抱く「AIに支配されるのではないか」という懸念を緩和し、むしろ安心や共感を引き出す方向に作用している。

 また、このキャンペーンは競合との差別化の文脈においても理解できる。OpenAIはChatGPTを「親しみやすく日常的に使える存在」として打ち出し、GoogleはGeminiを「検索や生活サービスと一体化した統合体験」として位置づけている。それに対してAnthropicは「安全・倫理・思慮深さ」を軸にブランドを設計している。いずれも生成AIの利用促進を狙っているが、価値観や訴求軸は明確に異なっている。この違いがユーザーに選択肢を意識させ、Anthropicの存在を際立たせている。

 さらに、このクリエイティブは広告としての役割を超え、社会的な対話を喚起する仕掛けでもある。テクノロジーに対する期待と不安が入り混じる時代において、「考え続ける」ことを促すメッセージは、消費者だけでなく政策立案者や教育関係者にまで響く可能性を持つ。つまり、Anthropicは一企業の宣伝にとどまらず、AI時代の倫理的議論に積極的に参加する姿勢を打ち出したのである。

社会的文脈と狙い

 “Keep thinking” キャンペーンは、単なる広告展開にとどまらず、社会的文脈の中で位置づけられるべきものである。現在、生成AIをめぐっては誤情報の拡散、バイアスの強化、著作権侵害、プライバシーの侵害といった課題が指摘され続けている。各国政府は規制やガイドラインの整備を急いでおり、企業にとって「安全で責任あるAI」であることを示すことは、競争力と同時に生存条件にもなりつつある

 Anthropicは創業当初から「Constitutional AI」というアプローチを掲げてきた。これはAIに倫理的指針を与え、それに従って学習・応答させるという方法論である。今回のキャンペーンは、この思想を広告という形で可視化したものだといえる。「人間の思考を置き換えない」「あくまで補助する」というメッセージは、倫理的に慎重で責任ある立場をとる同社の姿勢を社会に広く伝える役割を果たしている。

 また、このキャンペーンには規制当局や投資家に対するシグナルの意味合いも強い。AI産業の急拡大にともない、社会的受容や規制対応は企業価値を大きく左右する要因となっている。安全性を前面に打ち出すことで、Anthropicは市場での信頼を高め、将来的なパートナーシップや規制環境下での優位性を確保しようとしているのである。

 さらに、このメッセージは消費者に安心感を与えると同時に、公共の議論をリードする試みでもある。AIが人間社会にどう位置づけられるべきかという根源的な問いに対し、「考え続けよう」と促す姿勢は、社会的な不安を単純に打ち消すのではなく、ともに議論していこうとする開かれた態度を示している。広告が単なる販促ではなく、社会との対話の場として機能している点に、このキャンペーンの革新性がある。

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この記事の著者

岡 徳之(オカ ノリユキ)

編集者・ライター。東京、シンガポール、オランダの3拠点で編集プロダクション「Livit」を運営。各国のライター、カメラマンと連携し、海外のビジネス・テクノロジー・マーケティング情報を日本の読者に届ける。企業のオウンドメディアの企画・運営にも携わる。

●ウェブサイト「Livit」

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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2025/10/01 08:00 https://markezine.jp/article/detail/49940

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