複数店舗の顧客を「個客」へ。LINEミニアプリが変えるリピートの常識
店舗ビジネスやEC運営において、アプリを通じた顧客接点の構築はリピート施策の王道である。しかし、一般的なスマートフォンアプリの運用には、「ダウンロード」と「会員登録」という2つの大きなハードルが存在する。
アプリダウンロードに関する意識調査(※)によると、65.7%のユーザーが「手間や端末容量を理由にアプリのダウンロードを断っている」という。こうした課題を解決する手段として注目されているのが、LINEアプリ上で利用できるLINEミニアプリだ。LINEユーザーであれば、新たなアプリのダウンロードや会員登録の手間を抑えながら利用できるため、企業はユーザーとの継続的な接点を構築しやすい。
(※)調査機関:マクロミル・インターネット調査(2024年8月実施/スマートフォン利用者、且つLINEアプリ利用者を対象/サンプル数1,488)
LINE公式アカウントの拡張開発で多くの実績を持つソニックムーブの大塚祐己氏は、「Web、アプリ、LINEなど、チャネルごとに分断されがちな顧客接点を統合的に捉えることが重要」と指摘する。同社のLINEマーケティングツール「COMSBI(コムスビ)」は、LINEミニアプリを活用し、LINE上でデジタル会員証やポイント機能を提供できるサービスだ。会員証データを活用したセグメント配信にも対応しており、顧客情報の一元管理や継続的なコミュニケーション基盤の構築を支援する。
この仕組みを導入し、大きな成果を上げたのが、関東を中心に33店舗のペットサロンや小売を展開する「ユアペティア」の事例だ。同社は紙のポイントカードを運用していたため、顧客ごとの購買頻度や利用状況の一元管理が難しく、販促施策が全体向けの一斉配信に偏っていた。その結果、ブロック率の上昇を招くという慢性的な課題を抱えていた。
同社はCOMSBIを導入し、LINE公式アカウントを軸とした顧客台帳の一元管理を実現。LINE公式アカウントの全体権限を持つ本部が、共通のポイントカードやクーポンを管理しつつ、各店舗のアカウントに個別の配信権限を付与して自走できる体制を構築した。これにより、現場に負荷をかけることなく、顧客の来店・購買履歴に応じた店舗ごとの接客が可能になった。
自社アプリを個別に開発するコストや、アプリストアの審査にかかる手間を回避しながら、LINEアカウントのユーザーIDと紐付いた(※)顧客接点を生み出すことに成功したのである。
(※)LINEアカウントのID連携には、ユーザーの許諾・同意が必要

効果の9割は設計で決まる!ブロック率を下げファンを育てる配信の極意
LINEを活用したマーケティングにおいて、COMSBI事業の事業責任者を務める宮久保氏は「効果の9割は配信前の『設計』で決まる」と強調する。
ユアペティアでは、毎月同じ日に「ポイント3倍デー」を設定し、前日と当日にリマインド通知を自動配信する設計を構築。「この日は必ずお得である」というユーザーへの確実な動機付けにより、天候不順や閑散期であっても売上の波をコントロールできるようになり、イベント平日の売上を導入前の4倍にまで引き上げる成果を上げた。
さらに、ユーザーがメッセージの受信を停止する割合を示す「ブロック率」にも改善が見られた。同社は配信頻度が高いにもかかわらず、ブロック率をわずか5%という極めて低い水準に維持している。ユーザーが配信を「一方的な広告」ではなく「待ち望むお得な情報源」として捉えていることがうかがえる。
こうした強固なエンゲージメントは採用活動にも活用された。LINE公式アカウントの友だちに向けて「一緒に働きませんか」と求人メッセージを配信したところ、採用媒体費をかけずに74.7%という高い開封率を記録し、10名以上の優秀なスタッフの採用・定着に成功したという。顧客を「個客」として深く理解し、パーソナライズされた体験を届ける設計こそが、LTV向上の本質である。
LTV最大化の鍵はライト層にあり。CAC高騰時代を生き抜くデータなき攻略法
続いて登壇したギックスの黒田亮二氏とLINEヤフーの関野聡史氏は、近年のマーケティング環境における最大の逆風として「CACの爆発的な高騰」を挙げる。市場調査データが示す通り、新規顧客の獲得コストは過去8年で220%以上も増加しており、企業が新規獲得の広告投資だけで利益を出し続けることは限界に達している。
このCAC高騰時代を生き抜くための解として、多くの企業が「LTVの最大化」を掲げ、「既存のヘビーユーザーをさらにロイヤル化する」「ミディアムユーザーをヘビーに引き上げる」施策に注力しがちだ。しかし、黒田氏はこのアプローチを「大いなる勘違い」と一蹴する。
PwCの調査によれば、経営幹部の約9割が「自社の顧客ロイヤルティは向上した」と自信を見せるのに対し、消費者の側で「そのブランドへのロイヤルティが高まった」と回答したのはわずか4割に留まり、致命的な認識ギャップが存在している。さらに世界的なトレンドとして、特定のブランドを盲目的に支持する消費者はわずか8%に過ぎず、消費者のライト層化(低ロイヤルティ化)が急速に進んでいるのが実態だという。
黒田氏は「LTV最大化の真の鍵は、実は売上の30〜50%ともいわれている広大なライト層の攻略にある」と断言する。例えば、すでに自社を愛用しているヘビーユーザーの消費量をこれ以上増加させることは容易ではない。
しかし、年に1回しか購入していない膨大なライト層の購入頻度を「年2回」に引き上げることができれば、ビジネスにもたらす売上インパクトは巨大なものとなる。問題は、購買頻度が低いために社内に顧客データが蓄積されず、ライト層の嗜好やインサイトが「全くわからない」という点にある。
行動プロセスから顧客を理解する。AI×ゲーミフィケーションの破壊力
データのないライト層を動かし、顧客を深く理解するための解決策としてギックスが提示するのが、LINEを土台としたゲーミフィケーション(ゲームの要素や仕組みを取り入れてユーザーの行動を促す手法)とAIの掛け合わせだ。
その事例として黒田氏が紹介するのは、海外発の大手語学学習アプリにおけるデータ主導型アプローチだ。語学学習という本来は「重く挫折しやすい」テーマを徹底的にライトな体験へと落とし込み、MAU(月間アクティブユーザー)の約30%が毎日アプリを開くという驚異的な習慣化を実現しているという。その背景には、高度なAIシステムが存在する。
この語学学習アプリでは、ユーザーが問題を間違え続けて意欲を失いかけた瞬間に、AIが自動で適切な難易度の問題を提示する「DDA(動的難易度調整)」や、離脱の予兆を早期検知して最適なタイミングで通知を送る仕組みを実装している。
「ライト層の育成において、最初から完璧な顧客プロファイルデータを取り揃える必要はない。まずは行動してもらい、その行動プロセスから顧客を解釈・理解すればよい」と黒田氏は語る。人力では処理しきれない大量かつ複雑な行動データを、AIという「頭脳」を用いてリアルタイムに解析するアプローチだ。
ギックスが提供するAI×ゲーミフィケーションによる「マイグル(Mygru)」は、ユーザーの心理的ハードルが低いLINEミニアプリの導線上に、何が当たるかわからないドキドキ感で参加の習慣化を促す「ガチャ」や、ユーザーのリアルタイム状況(天気・時間・場所)に応じてミッションを動的に生成する「ダイナミック・ミッション」などの豊富なゲーミフィケーション機能をパッケージで実装している。同社が得意とするデータ分析やAI活用の知見を活かしながら、ユーザーごとに最適な体験設計を行える点も特徴だ。カスタマイズもできるため、さまざまな企業に導入されている。
これらを通じて、ライト層に楽しみながら接触の頻度を高めてもらい、自然な形で深い顧客理解とゼロパーティデータの取得を進めていくことが可能となる。

LINEヤフーの関野氏は「顧客獲得コストが上がってきている今、行動データを取得することの重要性は高まっている」と語った。ゲーミフィケーションを用いながらユーザーの行動を促し、データも取得・活用できるマイグルは、顧客獲得コスト高騰を打破する施策の一つになるかもしれない。
LDH事例に学ぶ、「目的利用」を「習慣利用」へ変える心理トリガー
最後に行われたファンコミュニケーションズの二宮幸司氏、LDH JAPANの原口征則氏、LINEヤフーの宮本裕樹氏によるセッションでは、ユーザーの「熱量」をいかにLINE公式アカウント上で最大化し、維持し続けるかというエンターテインメント領域における最前線の知見が紹介された。
LINE公式アカウントの運用において企業が直面する課題の一つが、友だち数が増えてもメッセージ配信への反応が低い「ゴーストユーザー(幽霊アカウント)」化だ。ファンコミュニケーションズの二宮氏は「友だち追加はゴールではなく、関係性のスタートに過ぎない」と警鐘を鳴らす。
この課題を打破するための設計思想として提示されたのが、企業の情報発信を目的とした「目的利用」の場から、ユーザーが日常の楽しみとして自発的にアクセスする「習慣利用」の場への転換だ。
ファンコミュニケーションズが提供する「N-INE(ナイン) ミニアプリ」は、LINEミニアプリを簡単に作れるプラットフォームだ。動画配信ビューワーや投票、クイズ、ガチャ、コレクション機能など、ユーザーの興味や参加意欲を引き出す「体験のスイッチ」を、ノーコードかつ短期間でLINE上に実装できる。
熱狂をSNSで資産化。パスポート機能がもたらす究極の回遊体験
LDH JAPANとLINEヤフーは、2025年9月に戦略的パートナーシップ契約を締結した。「エンターテインメント×テクノロジー」を掲げ、ファンの日常的な顧客体験をアップデートする大規模な実証実験を積み重ねている。こうした取り組みにより、ファンは情報を受け取るだけでなく、LINE上での能動的なファン活動を日常の習慣として楽しめる環境が整いつつある。
LDH JAPANの原口氏は、実際のLINEミニアプリの運用事例として、まだファンクラブを持たない若いアーティストグループやプロジェクトにおける実践例を紹介した。
その一つが、1日1回発行されるチケットを使ってミュージックビデオを視聴すると、限定デジタルフォトが当たる「限定ガチャ」施策だ。ただゲームを楽しんでもらうだけでなく、必ず音楽に接触してもらうことで、アーティストの本質である「音楽体験」の深化につなげている。
さらに、獲得したデジタルフォトをファン同士がLINEミニアプリ上で手軽にトレードできる「交換機能」を実装。ライブ会場(オフライン)のリアルな熱量がオンライン・SNSに瞬く間に拡散・共有され、ジャンル全体の応援活動を活性化するとともに、強固なファンコミュニティの形成にも寄与している。

そして、現在注目を集めているのが、5月20日にリリースされたミッション型の「TRIBE PASSPORT(トライブパスポート)」機能だ。クイズミニアプリでの解答や、LDH JAPANが運営する店舗やライブ会場でのチェックインなど、多様なミッションをクリアするごとにスタンプを獲得できる仕組みである。
獲得したスタンプはLINEミニアプリ内の共通通貨として利用でき、ガチャや特別なデジタルギフトの交換に充当できる。このパスポート機能を起点とすることで、ユーザーは複数のミニアプリの垣根を意識することなく、「毎日楽しい体験」を積み重ねていくことができる。
LINEヤフーの宮本氏は、今回のLDH JAPANとファンコミュニケーションズの事例に対して「LINEミニアプリを通じて広告や課金でマネタイズできる可能性がある。そういった取り組みをどんどん広げていきたい」とした。
セッションの最後、原口氏は「LINEミニアプリを通じて、より多くのファンに楽しんでいただける体験を提供し、宣伝中心だった運用を変えていきたい」と今後の展望を語った。
本レポートで紹介した3社のセッションに共通していたのは、LINEミニアプリを活用して顧客との継続的な接点を生み出し、関係性を深めていくアプローチだ。ソニックムーブは顧客情報の一元管理と最適なコミュニケーション設計、ギックスは行動データの取得・活用によるライト層との関係構築、ファンコミュニケーションズとLDH JAPANは日常的に楽しめるファン体験の創出と、それぞれ異なる切り口からLTV向上に取り組んでいた。
CACの高騰が続くなか、企業には新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客との関係性をいかに深めていくかが求められている。今回紹介された事例は、顧客との接点を一過性のものに終わらせず、継続的な体験へと発展させることが、LTVの最大化につながることを示していた。

