社員1,000人から4,000人へ。「まだ上がりきっていない会社」を選んだ2社目
野崎:事業会社への転職では、「具体的にどの事業ドメインで、どんな事業や商材をやりたいか」でつまずく方が多いです。いわば、結婚はしたいけれど相手が見つけられない状態になりやすい。西村さんは、なぜレバレジーズを選んだのでしょうか。
西村:正直なところ、事業へ強い関心があったわけではなく、担当領域が細分化されず、1つの事業を一気通貫で見られるインハウス環境を求めた結果でした。あとは、人やカルチャー、職域の広さですね。
野崎:ここは大事なところですね。西村さんの入社当時、社員数は1,000人規模でしたが、今は約4,000人と4倍に拡大しています。
私はよく株にたとえるのですが、西村さんは結果として「まだ上がりきっていない会社」に自分の20代を預けたことになります。一般的な事業会社は上が詰まりがちですが、事業そのものが増え続けている会社では、ポジションの数自体が増えていきます。西村さんは、その構造の中に早い段階で身を置いたと言えます。

野崎:アラサー前後の世代、その少し下の世代になると、大手志向や福利厚生、リモートワークといった軸で会社を選ぶ傾向があります。どれも大事な軸ですが、それだけで選ぶと、5年後に見える景色はある程度予想できてしまい、大きな変化は起きにくいものです。
当時そこまで見越していたわけではないにせよ、西村さんが求めた「領域が細分化されておらず、職域が広い」という条件は、まさに“事業・組織が急拡大し伸びる会社”の条件と一致します。さらに、レバレジーズは事業を多角的に展開していますよね。
西村:はい。現在は、IT、医療・ヘルスケア領域をはじめとした人材事業、SaaS事業、M&Aコンサルティング事業など約70事業を展開しています。既存事業の拡大のみならず、新規事業の立ち上げも活発です。
野崎:だからこそ、事業ドメインを明確に決められないのであれば、多角的に事業を展開している会社を選ぶと良いと思います。特定の事業に縛られないポジションがあるなら、「事業を選べないからこそ、複数事業を展開する御社を選んだ」という志望理由にもなりますから。
上司に2年間言われ続けた「クライアントワークをするな」
野崎:転職後、早い段階でデジタルプロモーションの責任者を任されていますが、道のりは順風満帆だったのでしょうか。
西村:いえ、最初の1〜2年は上司から「クライアントワークをするな」と注意されてばかりでした。言われた指示をこなすだけになり、自らの言葉で「どの課題を、なぜ解決すべきか」を語れていなかったのです。「自分で課題を設定し、自ら動かせ」と言われ続け、その意味を本当に理解するまでに2年ほどかかりました。
野崎:当時のご自身と同じような方が入社してきたら、なんとアドバイスしますか。
西村:「とことんデータと現場を見ろ」ですね。現場を見るほど違和感に気づけるようになるので、それが課題設定の第一歩になります。私自身も入社当初はスキル不足もあり、SQLを書いて正しいデータを抽出するだけで10時間かかるような状態で、タスクをこなすことで精一杯でした。
野崎:そこからどのように壁を乗り越え、職域を広げていったのでしょうか。
西村:自分で課題設定ができるようになってから、任される範囲が広がりました。同時に、会社の急成長に合わせて、やらなければならないミッションが勝手に増えていった側面も大きいです。
野崎:会社の成長スピードが西村さんを引っ張り上げたとも言えますね。
西村:そうですね。入社時は「きらケア(現・レバウェル介護)」の運用型広告担当でしたが、翌年には同領域のデジタルプロモーション責任者になりました。その後も新規サービスが次々と立ち上がり、事業の拡大にともなって担当範囲が広がっていきました。その結果、現在はレバウェル全体のデジタルプロモーションと、「レバウェル保育士」のマーケティング責任者を兼任するに至っています。
野崎:1社目を2年で離れていると、“辞め癖”を心配されることもあると思いますが、前職のように辞めようと思ったことはなかったのですか。
西村:元々一度始めたことは長く続けるタイプですし、レバレジーズでは毎年のように業務内容がどんどん変わって飽きることがないので、辞めたいと思ったことは特にありません。
デジタルマーケターのキャリアは、どこまで広がるか
野崎:最初の「売れる仕組みを作りたい」という希望は、現在叶えられていますか。
西村:叶えられていると思います。広告集客だけでなく、CRMチームと連携したLINE導線の整備や、サービス自体の品質改善など、幅広い領域にチャレンジできています。今後はマス広告やオフラインの顧客接点設計など、手をつけきれていない領域にも広げて、最終的には「自分がいれば売れる」「新規事業に自分を入れておけば安心」と社内で頼られる存在になりたいですね。
野崎:同世代で、支援会社から事業会社への転職を考えている方にアドバイスをお願いします。
西村:勇気を持って環境を変えてみることをお勧めします。自分ができる範囲にとどまらず、環境そのものにこだわっても良いのではないでしょうか。
私も「これは逃げなのではないか」とかなり悩みましたが、踏み出したことで、失敗も自分の責任として引き受けられるようになりました。動かなければ、ずっと環境のせいにし続けていたと思います。
野崎:逆に、「思ったより甘くない」という部分も聞いておきたいのですが。
西村:責任の「性質」や「波及する範囲」の違いですね。支援会社におけるクライアントワークやコンペの成果に対する責任も当然重いものですが、事業会社で集客がうまくいかないと、社内の営業の仕事がなくなり、全社の売上や社員のボーナスにまで直結します。自分の仕事が、隣で働く仲間や会社の経営に直接影響するというプレッシャーは、日々感じながら向き合っています。
野崎:そこは事業会社ならではの厳しさですね。西村さんのキャリアは、最初から一直線だったわけではありません。1年目の転職活動は書類で全滅し、まずは社内で案件を1つ任せてもらうところから職域を広げました。事業会社に移ってからも、上司の言葉の意味がわかるまでに2年かかっています。
それでも振り返ると、節目ごとに「自分で選んだ」と言える動き方をしてきたことがわかります。社内で手を挙げる、データのある側へ移る、職域が細かく分かれていない環境を選ぶ。転職は、その選択肢の1つにすぎません。
「5年後にこの会社がどれだけ大きくなっているか」「個人のキャリアを大きく拡張できる構造なのか」も、会社を選ぶ軸の1つとして持っておくと良いでしょう。ただその前に、今いる場所でできることと、次に見たいものを言葉にしてみる。その順番を守れば、転職をしなくてもキャリアは動かせますし、転職するときも「逃げ」ではなく、自分の意思で選べるはずです。
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竹上 久恵(編集部)(タケガミ ヒサエ)
早稲田大学文化構想学部を卒業後、シニア女性向けに出版・通信販売を行う事業会社に入社。雑誌とWebコンテンツの企画と編集を経験。2024年翔泳社に入社し、MarkeZine編集部に所属。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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