経営企画がブランドについて検討するタイミングは、事業部門が商材のブランドを戦略的に考える良い機会です。しかし、ブランドを無形資産と捉える経営企画と、競争価値源泉と捉えるマーケティングでは共通言語が違います。そこで、本稿では、経営企画とマーケの間に共通の土台をつくる「人間と約束フレーム」をご紹介します。
ブランドと向き合うタイミング
わたしは前回の記事で、マーケターにとってブランドは、モノやサービスであふれる市場において、競合と差別化を図り、お客様に自社商材を選んでいただくための「競争価値源泉」であると説明をしました。そして、第三者から説明責任を求められる経営企画にとってブランドは、財務諸表には表れないが企業価値を左右する「無形資産」であると説明しました。
マーケターと経営企画の最大の違いはこの説明責任です。確かに経営企画から当社にブランドに関するご相談をいただく際は、以下のように、第三者に対して自社の企業価値や無形資産についての説明に向けた準備段階であることが多いように感じます。
- 行政や証券取引所が開示ルールなどを設けた場合
- 新たな中期経営計画の策定
- 経営層に変更があった場合(代表取締役の交代、CMO等の新任、事業承継等)
- 決算、株主総会の事前準備
- 統合報告書やサステナビリティレポート等、開示情報の策定や改訂
- 大きな経営判断(ポジティブな場合だけではなく、ネガティブな場合もあります)のタイミング
実はマーケターには、第三者に担当商材のブランドに関して説明する機会はあまりありません。またコーポレートブランドと担当商材ブランドの戦略的な整合(あるいは戦略的な非整合)を検討する場面も多くありません。
日々のKPI達成で手一杯になってしまっていて、実施したプロモーション施策の「結果」としてのブランドがある、というのがマーケターにとってのブランドの実態に近いのではないでしょうか。
価格訴求や機能性訴求といったプロモーションの積み重ねだけでは強いブランドをつくることが難しい場面もあります。ですから、経営企画がブランドについて検討するタイミングというのは、実はマーケターにとっても担当商材のブランドを戦略的に考える良い機会と言うことができます。
議論の出発点となる「人間と約束」フレーム
一方で、ブランドを含む企業価値を説明する場面というのは、企業として重大なタイミングである場合が多く、時間をかけてじっくり検討できるケースは多くありません。そんな時に、双方が双方の専門用語で会話していたのでは、なかなか議論は深まりません。
また、経営企画に限らず、ブランドの扱いづらさは、文字通りその「無形性」に起因しています。たとえば、マーケターがしばしば参照するフィリップ・コトラーはブランドを次のように定義しています。
個別の売り手もしくは売り手集団の商品やサービスを識別させ、競合他社の商品やサービスから差別化するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはそれらを組み合わせたもの
出典:フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラー『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 基本編』(2017年、丸善出版)
文意はなんとなく理解できますが、実際にどこから着手すれば良いか迷ってしまいますし、下手をすれば「ロゴを制作すること」と曲解してしまう恐れもあります。そこで当社は、もう少し使い勝手が良く、分かりやすい定義やフレームで議論するようにしています。これを「人間と約束フレーム」と呼んでいます。
「人間と約束フレーム」では、「ブランドは約束である」を前提にしています。「当社は〇〇をします」「この商品は●●を提供することを約束します」という具合にブランドを約束と捉えると、上の厳密な定義よりも分かりやすくなります。図を見ながら解説していきましょう。
たとえば、「締め切りを確実に守る人」、「必ず飲み会を盛り上げてくれる人」、「力仕事は絶対引き受けてくれる人」といったように、「約束」が着実かつ継続的に果たされると、その「人」に対して好意的な記憶が貯まっていきます(図1)。
逆に、「約束を守らない人」「いつも言うことがコロコロ変わる人」「一貫性がない人」「何も喋らない人」などは、好意的な記憶が貯まりづらくなっていきます(図2)。わたしたちの日常生活と同じことがブランドでも起こるわけです。
本連載の第1回では無形であるブランド資産を「好意的な記憶」と定義しましたが、そこに連なる形で、企業を「人間」に、ブランドを「約束」と見立てることで、企業価値について勉強中のマーケターと、ブランドについて勉強中の経営企画との間に共通の土台ができあがります。これが「人間と約束フレーム」です。具体的には図1の青いところにことばを埋めていきます。まずはこれだけです。
小難しい専門用語よりも、個人としての経験を参照できるフレーム
ブランド戦略策定では、「ブランド・ポートフォリオ」や「エクイティ」、「CI=BI+VI+MI」、「エンゲージメント」など、どこか小難しい用語が並びます。「人間と約束フレーム」はやや簡素、ともすればやや稚拙に見えるかもしれません。わかりやすい一方で、「本当にこれだけでブランド戦略ができあがるのだろうか、不足が出てしまうのではないだろうか」といった懸念を抱かれる時があります。
しかし、実は、この「人間と約束フレーム」の青い箇所を埋めていくだけで、ブランド戦略の基礎的な棚卸は一定程度整理できます。次の図3は図1、2の「人間と約束フレーム」を、いわゆるブランド戦略策定で必要な要素に置き換えたものです。
たとえば、菅原賢一の「Aします」という約束の起点になっている「様々な経験→培ってきた価値観」は、企業の「沿革・歴史→ミッション・ビジョン・バリュー」に相当するということが確認できます。
次の図4は、実際にブランド戦略策定の際に検証すべき領域の一例ですが、小難しい用語は概ね「検証」するための要件に過ぎず、土台はあくまで「企業内に流通しているシンプルな約束」であることがわかります。
初動から図3、4のような小難しそうなフレームでは、なかなか経営企画との議論が活性化しないことがおわかりいただけると思います。これは、わたしたちマーケターが「PERは15倍を超えたが、依然としてPBRは1倍を割っているので、全社のブランド戦略が必要なんです」と言われても、ピンとこないのと同様です。
初動は、この「人間と約束フレーム」の青い枠を埋めるだけで充分にブランド戦略に関する有意義な議論の出発点になります。
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菅原 賢一(スガワラ ケンイチ)
デロイト トーマツ パブリックグッド株式会社 会長/ファウンダー
1975年岩手県生まれ。プラップジャパン、インテグレートを経て、2013年にソーシャルマーケティングを手掛ける株式会社パブリックグッド設立。日本PR協会主催PRアワードグランプリ「ソーシャルグッド部門」にて2020年ブロンズ、2021年シルバー受賞。※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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