ロングセラーブランドが直面した「顧客理解の空洞化」
(写真右)同部 マーケティング企画グループ 鈴木久美子氏
「6Pチーズ」や「さけるチーズ」は、それぞれ発売から数十年以上が経過する雪印メグミルクの代表的な商品である。これらは発売当時、ブロックチーズが主流であった市場に個包装という概念を持ち込んだり、「さいて食べる」という新たな食体験を提供したりと、極めて革新的なアイデアから生まれたブランドだった。その独自性が市場に深く浸透し、今日でも高い認知度とシェアを維持する強固なブランド資産を形成している。
しかし、歴史あるロングセラーゆえの課題も表面化していた。「6Pチーズ」は2019年以降の価格改定の影響もあり、購買者数が減少し、売上が停滞傾向にあった。さらに、購入者の7割以上を50代以上が占めており、将来の成長に向けては若年層の獲得が急務となっていた。「さけるチーズ」においても、ストリングチーズ市場で圧倒的なシェアを持つ一方で、「実際に誰がどのような価値を感じて選んでいるのか」という顧客像に関する社内での共通認識が欠如しているという問題を抱えていた。
これらの課題の背景に存在していたのは、当時のマーケティング組織の構造的な問題だ。以前の体制は、事業部とマーケティング部の各グループがそれぞれの専門性を発揮し、案件ごとに機能をつなぐ「橋渡し型」の組織だった。この分業体制においては、業務が専門グループ間で受け渡される過程で、「ブランドの顧客をどのように理解しているか」「ブランドとして最も重視すべき価値は何か」といったブランドに関する共通認識を、部署を横断して維持することが極めて困難であったという。これは個人の問題ではなく、機能別に業務をつなぐ組織構造そのものに起因する限界であった。
部署横断の「ブランドチーム」設立と価値の再定義
長く支持されてきたブランドを再成長させるためには、関係者全員が同一の顧客理解と共通認識を持ち、ブランドとして一貫した意思決定を行う体制が不可欠である。この考えに基づき、雪印メグミルクは2022年、マーケティング組織の構造を抜本的に見直した。
新たな体制では、事業、商品開発企画、リサーチ、クリエイティブの各担当者が集まり、部署横断の「ブランドチーム」を結成した。特筆すべきは、単に関係者を一堂に集めただけでなく、「同じ顧客理解を起点に、ブランドチームが一体となって意思決定する」という運用ルールを徹底した点である。ブランドのマネジメントを、単一の部署や個人の属人的なスキルに依存するのではなく、部署横断のチームによる共同作業へと転換させたのだ。
この新たな体制の下、各ブランドチームは徹底した顧客理解からブランド価値の再定義に取り組んだ。「6Pチーズ」チームは、若年層・子育て層のヘビーユーザーへのインタビューを実施。その結果、同商品が単なるチーズという食品を超え、「家族で分け合う楽しさ」や「家族をつなぐ安心感」という情緒的価値を提供していることを突き止めた。この発見をもとに、若年層・子育て層の朝食シーンにおいて訴求を行う戦略を策定。「朝ごはん愛チーズ」というメッセージをテレビCMや店頭で一貫して発信した結果、若年層の獲得と朝食シーンへの浸透が進み、2025年度には過去最高の売上を達成した。
同様に「さけるチーズ」チームもヘビーユーザーへのインタビューを実施した。そこで明らかになったのは、「さく楽しさ」に加えて、「子どもが楽しく食べられるヘルシースナック」として子育て世帯から強く支持されているという事実だった。このインサイトを起点に、子育て世帯に向けて子どものスナック需要を喚起する戦略を立案。「チーズをさく楽しさ」というメッセージを一貫して展開することで、新規顧客の獲得に成功し、同年度に過去最高売上を記録している。
見事なV字回復を果たした雪印メグミルク。だが、真に注目すべきは「何を施策として打ったか」ではなく、それを生み出す「組織をどう動かしたか」にある。部署横断チームが陥りがちな「認識のズレ」や「空中戦の議論」を、彼らはいかにして防いだのか? なぜ、成功だけでなく「失敗」までも嬉々として共有するのか? 属人的なマーケティングから脱却し、組織全体の知見を底上げする「仕組み」の正体を見ていこう。
