ビッグアイデアの再定義
コキッチ氏は、ごく最近までマーケティングにおける「ビッグアイデア」(企画のコアとなるアイデア)は、“コミュニケーション上のアイデア”であったと語る。そのコミュニケーションのアイデアから、DMやネット広告、そしてテレビなどで何ができるかといった施策が発生していた。しかし、今後は抜本的なビジネス上の課題について考えていかなければいけないと主張する。そのために、次の3つの質問について考える必要があるという。
- 消費者は、我々のビジネス領域おいて、どのような点を嫌だと感じているのか?
- CEOのアジェンダ内にある、3つの最大の課題は何か?
- どうやったら消費者のより深いニーズまで、満足させられるか?
この点を解説するために紹介したのが、「ベイル(Vail Resorts, Inc)」という米国の大手スキーリゾート会社による「Epic MIX」キャンペーンの事例だ。同社は調査を進めていくうちに、友人と語り合う、ブログなどに自信のスキー体験を書くなど、個人競技でありながら、人との触れ合いや共有が、消費者にとってスキーの中で最も重要なニーズを占めていることに気付いたという。
そのニーズを満たすために、同社ではスキー場で使う「パス」にRFIDチップを埋め込み、スキーヤーを個別認識できるようにした。このパスによってスキーヤーの行動はトラッキングされ、専用のSNSサイトに自分がどの山をどの位滑ったのか、そして他の人はどうしているのかなどが、すべて記録される。モバイルアプリとも連携し、友人が今どこを滑っているのかなどもリアルタイムで把握できるようになっている。また、滑った距離などに応じてポイントが加算され、各リゾート地でのランキングなども表示される仕組みになっている。この取り組みにより、数十万の人々がサインアップし、TwitterやFacebookなどで、5000万のインプレッションが生まれたという。


「ベイルは人々のより深いニーズを満たすために、ソーシャル、モバイル、RFIDなど、すべてのテクノロジーを使いました。それによって、人々の体験をまったく新しい方向に持っていったのです。広告をやったわけではありません。『何が楽しいか』を語ったのではなく、『こうすれば楽しいよ』と楽しめることを提供しただけなのです。これが我々のやらなければいけないことだと思います」(コキッチ氏)
プロセスの逆転
データやデジタル、モバイルの戦略について素晴らしいソリューションを考えようすると、得てして我々はチャンネルにフォーカスを置きすぎる傾向になる。しかし、そうではなく前述のビジネス視点でのビッグアイデアの中で、どのように各チャネルを活用するかを考えなければいけないとコキッチ氏は提言する。その事例として紹介したのが、ナイキが2010年のワールドカップの際に行った「Write The Future」キャンペーンだ。

同ワールドカップではアディダスがスポンサーになっていた。そこで、ナイキではまったく別のアプローチを行った。その際に考えたのが、“ソーシャルやモバイルでどういうことができるか”というよりも、むしろ“消費者、特に若い男女は何を望んでいるか、どういう体験を求めているか”ということだったという。そうした中で、「子供たちはサッカーをやるのが楽しい。そして、よりうまくなりたいという憧れを持っている」という点に着目。サッカーシューズの話をするのではなく、「将来の夢を描いてもらおう、サッカーという枠組みの中で考えてもらおう」というメッセージを基にキャンペーンを実施した。
一流選手たちが登場する高いクリエイティブの動画を作成してYouTubeにアップロードしたほか、「The Chance」と銘打ち、全世界の子供たちにサッカーをしている動画をYouTubeへアップしてもらい、投票によって未来のサッカースターを選ぶ試みも行われた。これらの取り組みは一気に広がり、Facebookページのファンは最終的に2000万人、20億インプレッションにまで膨れ上がった。ワールドカップ中は、現地の来場者による写真や情報のアップロード先となり、サッカーファンが最新情報を求めて集まるコミュニティとして機能したという。
「ナイキは『私たちは皆さんの生活の一部である、夢に描いていることを達成する手助けができる』ということを言ったにすぎないのです。そして、ソーシャルの環境で、お客さまがお互いにコミュニケーションする場を提供することで、これだけ成功したという事例です。ナイキの状況は良くなったわけですが、サッカー好きが集まる2000万人のコミュニティを作りだすことで、アディダスよりもナイキのほうが認知度が高くなりました。広告を使ったわけではありません」(コキッチ氏)
協調型の創造性
「今までの広告業態は非常に直線的だった」とコキッチ氏は指摘する。誰かが戦略を書き、その戦略をクリエイティブの人間に渡しのアイデアを開発する。開発されたアイデアをメディアやテクノロジー、ソーシャルなどの担当者に渡し、各施策を行う。そして、リサーチの担当者がそれを追跡する。こうした直線的な業態は、もはや機能しないと語る。
前述の「Epic MIX」の場合も、IT部門、オペレーション部門、RFIDの開発担当、広告代理店などが一つの会議室に集まって話し合いを進めたが、実際に誰がこのアイデアを生み出したか誰も覚えていないという。また、「Write The Future」キャンペーンの際は、Razorfish、Wieden + Kennedy、MINDSHARE、AKQAという競合同士が一堂に会した3日間のブレインストーミングを行って生み出され、ナイキのハンドリングで各社に担当を振り分けたという。

「アイデアの競争やお金の取り合いではありません。“問題を解決したい”という規律をナイキがうまく維持しました。これは単なる統合ではなく、協調型の創造性です。このようなプログラムを開発する場合、最も重要になります。(中略)プロセスや文化における組織内の最も大きな変化です。クライアントと代理店、そして両者間の関係性にとっても課題になります。創造的な協調。本当の意味でのコラボレーションというものは、重要ですが難しいわけです。しかし、やらなければいけません。こういうプログラムに参加することで、より大きな満足感や楽しみを体験できます。重要なものを発明できるわけです。何か違いをもたらすものを作ることができるわけです。本当に楽しいことです」(コキッチ氏)
コキッチ氏は、講演の内容を次の5つのメッセージにまとめる。
- Reality
- Product Development
- Big Ideas , but different
- Idea down plannning
- Creative Collaboration
そして、最後に「私は広告業に携わってきた中で、素晴らしい広告キャンペーンを楽しむことができ、参加できてうれしく思ってきました。しかし、個人的により満足感が得られるのは、こうした努力に参加することです。抜本的なものであり、将来の商品の強い基盤を作ることができるわけです。『これからは朝起きた時、ブランドについて“何を語るのか”を考えるのではなく、何か行動しなさい』」と強いメッセージでセッションを締めくくった。