マーケターは機械学習と、どう付き合えばよいのか
長年に渡り、企業のデータ分析を支援してきたブレインパッド。今では60名のデータサイエンティストを有しているのだという。
「最近では、IoTやM2Mをはじめとする製造業でのデータ活用も増えているものの、まだまだマーケティングでの活用が中心です」と語る林氏。ECをはじめ、飲食店などの店舗型事業、旅行代理店、金融など、データを扱っている企業であれば業種は問わないほど、多くの企業が同社の支援サービスを利用しているという。
「今セッションでは、機械学習の予測とマーケターの仮説をどう組み合わせていくかについてお話ししたいと思います」(林氏)
機械に自由な発想は向かない。ミッションを与えてこそ活きてくる
人間のように突発的にアイデアをひらめくのではなく、膨大なデータを「学習」し、次に起こる可能性が高い事象を「予測」するのが機械学習の得意とするところだが、マーケティングに活用する際にはどのようなシチュエーションが最も適しているのだろうか。
何かの施策を打つ際には、まず「戦略」を立て、それを実現するための具体的な「戦術」を決める。林氏は、機械学習による予測分析はこの「戦術」部分に使うのがベストだと語った。
「機械学習は『何をすべきか』といった漠然とした課題には答えを出しづらく、ある程度のミッションを与えた上でこそ実力が発揮できます。たとえば『売上拡大』といったミッションを人が決定することで、顧客単価向上やアクティブ数増加、顧客満足度の向上といった、『戦術』のうち何が成功要因となりうるのかを予測し、提示してくれるのです」(林氏)
以前同社では、あるゲーム会社から「売れるゲームを予測して欲しい」という依頼を受けたものの、そのままでは課題が大きすぎたため、過去のヒット作のジャンル、同時プレイ人数などをデータ化した上でミッションを与え、ヒットしやすいゲームにはどういう傾向があるのかという知見を提示している。
構造把握・予測・最適化が機械学習の基本工程
林氏はまた、実際のデータ分析工程についても解説を行い、「大きく分けて3段階ある」とその工程について語った。
まずはデータを集計しての「構造把握」。データを見て現状を把握し、構造を理解することが主な目的だ。次が「予測」で、これまでの結果から起こり得る未来を見通す。最後が「最適化」となり、予測段階で出た策の中から選択すべき最適解を決定する段階である。
林氏はこの一連の流れをカーナビにたとえ、「渋滞や通行止め、高速道路の有無などの情報を収集し、どのルートが最も速いのか、安いのかを予測し、最終的にどんなルートを取るのか判断する」と説明した。
社内外のデータのすべてが分析対象。日に日に増え続けるデータの種類と量
「これまでは企業が保有しているデータの分析が中心だったが、今は社外のデータも積極的に利用する時代」と林氏は説明。そういった背景からブレインパッドでは、分析に利用するデータを3つに大別している。
1つは、顧客情報や商品情報など、企業が元々保有しているデータ。顧客IDに紐付いているこれらを、ここではオフラインデータと定義する。2つ目は、Webアクセスログデータ、ユーザーの行動を点数化したスコアリングデータ、スマートフォンの位置データなどのオンラインデータ。最後が外部データと呼ばれるもので、天候、ソーシャルメディアの利用履歴、各種統計情報などがこれにあたる。
他にも、IoTデバイスで収集したセンサーデータや他社を含めたサービスの利用履歴など、分析対象となるデータの種類と量は、日に日に増加しているのが現状だ。
機械学習を理解するための数式、「Y=aX+b」
機械学習をマーケティングに応用するには、高度な数学や統計の知識が必要となるが、林氏はその複雑な概念を説明するため、「Y=aX+b」という簡素な式を例示した。
「この図は親子の平均身長に関する相関関係を示していますが、aとbが明らかとなれば、X(両親の平均身長)の値によって未知のY(子の身長)が計算できます。たとえば、両親の身長が165cmであれば子の身長が170cmではないかといった予測をするもので、一般的に『予測モデル』と呼ばれています」(林氏)
機械学習を実際のマーケティングに活用する際も、基本的にはこういった数式に対して必要なデータを代入することで予測が行われていくという。
「このような予測モデルを使うことで、マーケティング施策の結果に寄与している要因の特定も可能となります。たとえばある企業にとって、最も購入につながりやすい要因はサイトへの訪問回数であり、以降は初回購入日、年間購買金額といった順に関連性が高いとわかるのです」(林氏)
隠れていた関連性を見出すことが可能に
とはいえ、実際に機械学習でマーケティング施策のターゲティングを決めても、効果の高い上位ターゲット層は、従来の人間が考えた仮説ベースのものとそれほど変わらないと林氏は説明。機械学習の利点は、その陰に隠れていたターゲット層をあぶり出すことなのだ。
「人間に理解できる評価軸は、たとえば優良会員であることや入会日などせいぜい10個程度。しかし機械学習は100でも200でもその軸を設定できるため、今まで隠れていた関連性を見出すことができるようになるのです」(林氏)
そうして細かい軸も拾っていくことにより、精度の高いターゲティングが可能となる機械学習。当然のことながら、収集するデータが増えれば増えるほどその精度は高まっていくという。
メール、レコメンド、カート放棄。機械学習を導入した3社の事例
これまでは機械学習の仕組みや概念の説明だったが、林氏は最後に、実際に機械学習をマーケティングに応用した事例として3社を挙げた。
キャンペーンメールの反応率向上
1社目は、数百万人の会員を有するEC企業。毎日のようにキャンペーンメールを送信しているが、その反応率を上げたいというシンプルな要望に対し、機械学習で最適なキャンペーンを予測し、メールの送信を自動実行する施策を適用したという。
具体的には、3か月無料、500ポイントプレゼント、200円オフといった異なるキャンペーンメールを、全会員、優良顧客、直近の登録ユーザーなどにユーザーをセグメントして送る場合、どのユーザーセグメントにはどの施策が効果的かといったことを機械学習が予測し、確率が高いものを自動的に送付するというもの。
セグメントやキャンペーンが細かくなるほど対象ユーザーも絞られ、メール1種類につき数人という規模になるものもあったが、キャンペーン自体のバリエーションが増えたため、全体で10%から20%ほどの効果改善が見られたという。
マッチング精度の向上
レコメンドシステムに機械学習を採用したのは、転職サービス「DODA」を運営するインテリジェンスだ。求職者ごとの転職活動状況やWebサイト上の行動履歴を収集・分析し、ユーザーと企業のマッチング精度を向上させると、数名の担当者が手動で送信していた数十種類のメールを、担当者数はそのままに数百種類まで増やすことに成功。求人情報のレコメンドメールのPDCAを高速化し、応募率は1.8倍となったが、これは「事例を知った企業から『事件ですね』と言われたほど」の効果とのこと。
カスタマー育成
3社目は、アパレルのECサイトや店舗を運営している企業。見込顧客、通常顧客、優良顧客とステップアップさせることを目標に、カート放棄およびWeb閲覧後フォローキャンペーンを実施した結果、前者による売上が全体の1%、後者は5.9%を占めるまでに至ったという。
例示された3社、およびこれまでの経験から、林氏は機械学習による売上へのインパクトは5%~10%程度と見積もる。また重要なこととして、マーケティングオートメーションとの併用で「マーケティング業務が全自動で回っていく体制を作ること」を挙げ、ABテストを含めた従来の単純作業が機械学習によって自動で行われることにより、マーケターは別の業務に専念できることの意義を語った。
ECだけではない。データ面でも進むオムニチャネル化
林氏は、今後広がっていくであろうオムニチャネル化についても言及した。
「今までは、離脱した人をメールや広告でつなぎとめる、クロスチャネル程度でよかった。今後は店舗のPOSデータ、来店履歴、接客履歴など、多くのデータが取得可能になり、データ面でのオムニチャネル化はますます進んでいくでしょう。施策を選択する幅が広がる中で、多くのデータから機械学習などの手法も活用しながら、多くの施策を試行錯誤していく時代に入ったのではないでしょうか」(林氏)