「少し違う」角度からAIとクリエイティブの可能性を探る
Webの制作に留まらず、マルチタッチポイントでの統合的なデジタルマーケティングをプロデュースするクリエイティブ企業の博報堂アイ・スタジオは、2016年8月に「Creative AI研究所」を立ち上げた。人工知能やそこから派生したコグニティブサービスが、クリエイティブ表現や新たな体験づくりにどのように活用できるのかを研究していく考えだ。
現在、注目が集まっている人工知能だが、注目されるのは今回が初めてのことではない。『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(松尾 豊、中経出版、2015)によれば、これまで3度にわたってブームが訪れているという。1960年代のゲームAIや自然言語処理を中心に研究が進んだ第1次ブーム、特定分野の問題を解いたり質問に答えたりするエキスパートシステムが脚光を浴びた第2次ブーム、そして機械学習やディープラーニングなどを中心とする現在の第3次ブームだ。
こうしたブームを経ながら人工知能の研究が進んだことで、無人化や自動化、省力化、効率化といった形で研究成果を実感できるようになってきたと北島氏は語る。
しかし、そうした人工知能の可能性も、広告クリエイティブの文脈で捉えると意味が少し変わってくるという考えを示した。
「我々も機械学習や画像認識などを使った取り組みは進めているものの、クリエイティブ表現として考えると人工知能の使い方は少し違っています。企業や社会の課題を抽出し、解決方法を提示するのが広告クリエイティブ。テクノロジーもまた、その課題解決の訴求手段という位置づけで活用します」(北島氏)
体験ありきで技術を活用する
北島氏は、クリエイティブとテクノロジーを活用した事例として、博報堂DYグループの採用サイト上で行った「HAKUHODO DNA」について紹介した。
HAKUHODO DNAのサイトでは、「顔写真を送ると、写真に写っている人のDNAを鑑定して、そのDNAに向いている職種を紹介する」という機能を実装した。
DNA鑑定という手法を採用した背景には、「自分はプロモーションの仕事に向いてるんだ……。でもプロモーションってなんだろう?」と、博報堂で活躍する社員の職種・仕事内容について、自分ごととして興味を持ってもらいたいという狙いがあったという。
DNA鑑定を機能させるため、裏側で博報堂社員の顔写真データベースを構築し、画像認識を使って似た顔の人の職種を引き当てた。その他にもブラウザから直接カメラ操作できるようにする「WebRTC」や、写真をポリゴン風に加工する「ドロネー三角分割」、ブラウザ上で描画しスマートフォンでも軽快に読み込める「SVG」データ形式といった技術も同サイトでは用いている。
「画像認識そのものの技術が重要ということではありません。まず主体として『技術を使ってどのような体験を生み出して課題解決していくか』ということがあって、それに対して『今回は画像認識を使おう』となる。主役と脇役の位置が逆になっているような使い方になっているわけです」
ディープラーニングがもたらす新たな可能性
このように、人工知能に対する博報堂アイ・スタジオのスタンスを説明してくれた北島氏。続いて現在の第3次ブームについて、「コンピュータ処理能力が飛躍的に向上し、以前は不可能だったディープラーニングなどのアプローチが実用化したことで、新たなブームを呼んでいる」と分析した。
北島氏はディープラーニングの可能性を示す例として、Googleが実施した猫の画像に関する実験を紹介。100億個の巨大なニューラルネットワークを用い、1,000台のコンピュータを丸3日間走らせて1,000万枚の画像を人工知能に解析させた。そうして機械学習させた結果、人間がその特徴を教えなくても、人工知能自身が「猫の特徴とはこのようなもの」という概念を理解できるようになった。
「これまでは人間が法則を与えていたのに、我々の知らない法則をコンピュータが自ら発見するようになりました。ものすごく大きなブレイクスルーです」(北島氏)
クリエイティブと親和性の高い人工知能
こうした人工知能関連の技術は、クリエイティブ分野でも成果を出しつつあるという。
レンブラント美術館の協力の下でマイクロソフトが作った「ザ・ネクスト・レンブラント」という作品がある。誰が見てもレンブラントの作品に見える絵だが、実はレンブラントが描いた作品ではない。レンブラントの全作品の画像を取り込み、絵の具の凸凹具合までをデータ化して機械学習させた結果、コンピュータ自身が「レンブラントならこういう絵を描くだろう」と導き出した絵画だ。
この事例に対し北島氏は、ディープラーニングのような最近の人工知能の技術が持つクリエイティブとの親和性の高さを指摘した。
「コンピュータがデータの中から自分で概念を見つけてくる。そして学習した結果にしたがって、さらに新しい創作物を生み出すことができる。人の感性が反応することで、コンピュータと人間の間にコミュニケーション、つまり物と人との間にコミュニケーションが生まれてくるわけです」(北島氏)
さらに北島氏は、物と人とのコミュニケーションを、ブランドと人とのコミュニケーションに発展できるかもしれないと期待を語る。
「企業のブランドというのは、結局その企業が伝えたい精神や個性を擬人化したもの。個性を持ったブランドとコミュニケーションするような発展した使い方もできると思っています」(北島氏)
3つの観点からプロトタイプを開発
博報堂アイ・スタジオが立ち上げたCreative AI研究所では、人工知能を「人の機能をコンピュータが代替・強化するための技術」であると捉えている。
その考え方に基づき「会話の代替」「表現の創出」「コミュニケーション」という3つの観点で取り組んだプロトタイプが3つあると北島氏は紹介してくれた。
プロトタイプの1つ目は、「会話の代替」がテーマの「Pechat」。Pechatとは、ぬいぐるみにつけることができるボタン型のBluetoothスピーカー&マイクだ。スマートフォンからテキストや音声を操作して、Pechatをつけたぬいぐるみにおしゃべりさせることができる。子どもの世話をぬいぐるみが補助するといった使い方を想定している。
その他にも「表現の創出」をテーマとして、韻を踏んだ歌詞を機械学習によって自動生成させる「人工知能ラッパー」や、ディープラーニングによって物体が何かと認識させて、その物体にまるで魂が宿ったかのようにさまざまな「コミュニケーション」を取れる「PLUS ANIMA」など、人工知能を活用した新しい表現やコミュニケーション、そして会話の在り方を示唆するプロトタイプが紹介された。
北島氏は、これらのプロトタイプの紹介を通して伝えたいことがあったという。
「私が考える人工知能の特性は、対象物の概念を自ら取り出すことができ、そこからさらに新しい表現を生み出すことができることです。それを使って創造的なコミュニケーションができると、もっと直感的で深い体験や理解ができるのではないかと思っています」(北島氏)
そして最後に北島氏は、そういった最適なコミュニケーションをクリエイティブ発想で設計し、より深い体験を提供するにはどういったテクノロジーが必要かを今後も考えていきたいとし、戸嶋氏にバトンタッチした。
地球上のすべての人が活用できる人工知覚プラットフォームに
実際に人工知能をビジネスの中で活用しようと考えるなら、現状では人工知能のプラットフォームを使うのが一般的だ。
「Microsoft Cognitive Services」という人工知覚プラットフォームを持ち、博報堂アイ・スタジオがAI研究の一環として連携する日本マイクロソフトは、具体的にどのような技術を提供してくれるのだろうか。同社の戸嶋氏は、最初にマイクロソフトの企業ミッション「Empower every person and every organization on the planet to achieve more. (地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)」を掲げた。
WindowsやOfficeに代表される製品も、言語や知覚を越えて地球上すべての人に利用してもらえるよう開発されている。当然、Microsoft Cognitive Servicesもそうであるべきという考えなのだ。くわえて戸嶋氏は、マイクロソフトが数十年の研究開発により生み出した、聴覚や視覚といった知覚、言語、知識、および検索技術を使った事例動画を紹介した。
社員が直面する課題に対し、AIや機械学習のテクノロジーが「サングラス」「スマートフォンアプリ」というインターフェイスに姿を変えて、社員の手助けをする。これは、遠い未来の話ではなく、現在ある技術で実現できているプラクティスなのだ。
Microsoft Cognitive Servicesでは、同社のクラウドサービスMicrosoft Azure上でさまざまなAPIサービス(Web API)を公開している。
一例を挙げると、画像を認識して何の画像なのかをカテゴリー分けして人の顔であればそこから性別や年齢を判定する「Computer Vision API」、人の顔を自動認識して似た顔の照合やカテゴライズする「Face API」、長文の自動サマライズや、使用されている単語のネガティブ/ポジティブ判定などが可能な「Text Analytics API」など、多くのAPIがすぐに使える状態で提供される。
これらのAPIを、要件に合わせて組み合わせることで、先に紹介した人工知能連動デバイスやアプリケーションを生み出し世に出すことができるのだ。
代表的なチャットBOT「りんな」
女子高生AIのコンセプトを持つチャットBOT「りんな」もマイクロソフトが開発したものだ。通常のアシスタント的なチャットBOTの場合、ユーザーの質問に対して直接な回答しかできない。しかし、りんなの場合はコミュニケーションを重視した回答(会話)になる。
例えば「明日は晴れるかな?」という質問に、通常のBOTなら「明日は晴れです」など、できるだけ客観的な回答をしようとする。一方、りんなの場合は「どこか出掛ける予定でもあるの?」「雨だったらこういうところに行こう」など、コミュニケーション重視の回答が返ってくるのだ。
デジタルマーケティングに活用する、人工知能連動アプリやチャットBOTは、Microsoft Cognitive Servicesやマイクロソフトの機械学習の技術を組み合わせることで、実現できるという。マイクロソフトでは博報堂アイ・スタジオとの協業の中で、今後、このようなチャットBOTサービスに注力していく考えだ。
また、同社では画像解析やディープラーニングなどの高負荷の処理が多い人工知能サービス向けに、GPUインスタンスサービスをAzure上で提供している。「自社で高価なハイスペックマシンを用意しなくても、クラウドサービスを利用すれば必要なときのみハイスペックなコンピューティング環境の高度な人工知能サービスを存分に活用できるようになる」と戸嶋氏が同サービスの利点について説明し、講演を締めくくった。