機械学習をOne to Oneマーケティングに活用するために
林氏の所属するブレインパッドはデータ活用でクライアント企業のビジネス創造や経営改善を支援する「ビッグデータ活用サービス」および「デジタルマーケティングサービス」を提供する会社だ。データ活用に関するコンセプトデザインから成果の創出まで、トータルに支援できるところが特徴だ。
同社は創業以来10数年にもわたり500以上の多種多様なクライアント企業を支援する中で、機械学習のマーケティング活用について経験とノウハウを蓄えてきた。本講演ではその一端を紹介するために、「マーケティングオートメーション(以下、MA)を活用してOne to Oneマーケティングを実現し顧客ロイヤルティを最大化するための考え方」をテーマに語っていく。
そもそも機械学習とは何か
機械学習とは、データをもとに反復学習をして判断・予測するものだ。たとえば、今手元に水があるが、機械は「水」という概念がないので、人のように「これが水だ」ということがわからない。そこで、「これは水だ」というデータを与えてやることによって、同じようなものがでてきたときに水だと判断させる、といったことが機械学習でできることの一例だ。
統計学は手元にあるデータの傾向や規則を知るのに適しており、予測においてもその根拠を持たせるためにデータの背景や構造を考慮することを重視する。
一方、機械学習は判別や予測精度の向上にフォーカスして、大量のデータからの学習によってその頑健性を保つことが特徴であり、未来を判断・予測することに長けていると整理ができる。
データの増加とオムニチャネル化が機械学習ニーズを高める
これら機械学習の分析対象となるのが、大量のデータである。近年は圧倒的な量のデータを分析対象にすることが一般化してきた。自社が保有する顧客リストや商品情報、購買履歴などの取引データにはじまり、Webアクセスログやスマホアプリのプッシュ通知などの顧客からの反応履歴、ソーシャルデータ、ジオロケーションなどがある。ジオロケーションについては、GPSだけでなくWi-Fiを利用した位置測定や建物などを支えるための鉄骨や鉄筋に含まれる磁力を地磁気センサーにより検知して所在場所が把握できるものまででてきている。
このように企業が活用できるデータが自社内外に爆発的に増えていることに加え、オムニチャネル化にともなって企業の戦術が複雑化してきていることも、機械学習を用いて未来を予測しながら戦術を最適化していく必要性を後押ししている。
機械学習の使いどころ 「戦略」は人、AIは「戦術」
機械学習が有効に使えるのは、マーケティング活動のどの場面においてなのだろうか。そもそも企業の施策は、戦略を策定し、戦術に落としていくことで作られる。たとえば、「売上の拡大」をゴールにすることが戦略策定であり、顧客単価・顧客数・顧客満足度などをKPIとして指標に設定し、いつ・どこで・何をするかという施策を立てることが戦術決定である。
機械学習が役に立つのはこのうち戦術決定の部分にある。「何をゴールにするか」という戦略の部分はAIには決められないからだ。先ほどの例でいえば、人の手によって「売上の拡大」というゴールが設定されたうえで、KPIである「顧客単価を上げる」という具体的な施策を回していくときこそが機械学習による予測分析が意味を持ってくるタイミングなのだ。
この機械学習を使うべき場面についてより詳しく見ていこう。林氏は、分析には構造把握・予測・最適化の三段階があると語る。
一段階目の構造把握とは、現状を把握するための分析、または、全体構造を見る分析のことである。現状を把握するための分析の例としては、売上が月別にどうなっているのか、利益がどうなっているかを考えることが挙げられる。もう一つの全体構造を把握する分析とは、たとえば、顧客がいつどこに来てどの程度の金額を使い、何を買っているのかを考える分析である。
二段階目は、前段の現状把握をもとに、今後実際に起こりうる未来を予測するための分析だ。あるイベント(購入・来店など)の確率予測や売上・来客数などの数値を予測するものなどだ。
三段階目の最適化とは、二段階目で得られた未来予測をもとに、未来を最適化するための施策についての分析である。これを最適計算と呼び、予算や工数などのリソースに制約条件がある中で成果を最大化するための分析となる。
これら構造把握・予測・最適化という3段階の分析のうち、構造把握は従来からの統計学が得意とする分野だ。機械学習が活用できるのは、二段階目の未来予測と、三段階目における施策の最適化のフェーズであると林氏は語る。
機械学習を実施すると何が得られるか?
まず、予測したい指標(目的変数)と要因、考えられる要因群をまとめてデータを作り、予測したい指標を要因群で説明するモデルを作る。例えば、カタログの反応確率を予測したいなら、カタログ反応確率=0.05*年齢+0.008*購入金額+……というモデル式を全顧客に対して適用することでスコアリングを実施することができる。また、この処理の中で、予測モデルを構築できるだけではなく、結果をもたらしているトリガーとなるイベントや条件を発見できる。
同様にして、顧客ロイヤルティ向上を目的とした要因発見を行うこともできる。突然解約した顧客を対象に、離脱確率を目的変数として教師付け※クラスタリングを実施する。そうして得られたクラスタを分析すると特徴がわかるので、その特徴に基づいて離脱を防ぐための施策を打つことが可能になる。
※教師付き:教師あり学習とも呼ばれ、機械学習の中の1種類。人間が正解パターンをいくつか提示したうえで、新しいデータが来た際にそれに対する正しい判断をさせるもの。その他に、「教師なし学習」、「強化学習」がある。
たとえば、生命保険業界での活用をイメージしてほしい。離脱率が高く、入会日が比較的古いAというクラスタの特徴を見てみると、都心に居住し、家族がいる世帯構成の層であれば、「地方に引っ越したファミリー層」とみなし、地方在住の顧客にもメリットのあるようなキャンペーンを実施することで離脱を防ぐという施策につなげられる。
機械学習の得意と不得意
機械学習の得意な点として、まず精度の高い予測が得意であることが挙げられる。「ある商品を誰が買うか」「あるキャンペーンを誰が申し込むか」「Aさんは次に何を買うか」といった、大量の人やモノからビジネス上重要な要素をターゲティングすることが得意なのだ。
次に、目的となる変数のトリガーとなるイベントや条件を発見することも機械学習の強みだ。
3つ目に、実施を繰り返していくうちにデータが増えることで、予測の精度が上がっていき、より精度の高い施策を打てるようになることも特徴といえる。
他方で、不得意な点もある。
第一に、機械学習は制約条件がない問いには効果が期待できないことだ。たとえば、どのゲームならヒットするかや、KPIの数を何個にすべきかといった問いにはそぐわない。また、前例がなかったり、答えが一つでなかったり、過去のデータに傾向があまりない問いについては対応することが難しい。だからこそ、マーケターが機械学習の使いどころを考える必要があるのだ。
第二に、あらかじめトリガーが何かわかっている場合は、その仮説に基づいて施策を実行すればいいので、はじめからわざわざ機械学習で予測する必要はない。
第三に、一つのモデル式を作るのに時間がかかるということもデメリットといえるだろう。この点については、状況に適したツールを選ぶことで、必要になる時間を縮めることができる。
機械学習をMAに導入し投資ROIを最大化する
林氏は機械学習のメリットとデメリットを説明したうえで、機械学習を利用してOne to Oneマーケティングを実践する具体例の紹介に移った。
販促キャンペーンを実施する場合でも、様々なモデルを組み合わせて費用対効果を高めていくことが可能になる。キャンペーンの中で、「3ヶ月無料キャンペーン」、「1,000ポイントプレゼント」、「1,000円オフ」などのインセンティブを与える場合、それぞれをどの顧客に送るべきかをまず予測する。顧客クラスタごとにどのインセンティブを与えれば成果がでるのか、顧客クラスタとインセンティブの組み合わせごとに予測モデルを出して、一番高い効果が見込まれる組み合わせを実施し、投資ROIを最大化することが可能だ。
応用的な方法として、顧客のうち誰が優良会員になりそうかを予測し、優良会員になる確率が高い顧客だけに反応が高いインセンティブを与えるという施策も実現できる。
ブレインパッドが取り扱う「Probance(プロバンス)」は、Predictive Communication(予測するコミュニケーション)を実現するMAである。BtoC向けで大量データの処理を得意とし、機械学習を搭載している。クライアントの中には、社内外のデータを一元管理し、Webサイトやメールなど各チャネルで最適な施策を展開したところ、CVが1.8倍にもなったなど成果を上げている。
このように、人力では不可能な大量の組み合わせを分析し、その結果をもとに予測・最適化を行うというのが、機械学習が成果につながる勝ちパターンなのだ、と林氏は言う。
最後に、機械学習を活用したMAにおいて、人手で戦略を構築していくことで効果が最大化する点には注意しなければならない、と林氏は語る。機械学習は使いどころが重要でありすべてをAI任せにすることはできない。とりわけ全体戦略の策定はマーケターの力量にかかっていることを忘れてはならないと林氏は強調して講演を締めくくった。