ロイヤリティマーケティングの部門をANA本体からスピンオフ
――部署や会社の新規立ち上げの経験を積まれているのですね。直近のANAじゃらんパックでも経営サイドだったのでしょうか?
はい、副社長を2年、次の2年は社長を務めました。マーケティングの仕事も経営への参画も、自分で強く希望したというわけではないので、同社の設立時に副社長に抜擢されたときはとても驚きましたが、愛着のある会社にいながら新会社の立ち上げに携わるのはなかなかできない経験なので、自分の財産になりました。実際、その経験もあって、ANA Xへの参画があるのだろうと思っています。リクルートはスピード感がある会社で、業績へのコミットの仕方、綿密なPDCAの回し方など学ぶ点も多かったので、そうした部分をこの会社で発揮できればと考えています。
2016年12月の事業開始から、目指す構想が大きいので、確たる実績があるかというと、まだまだ途上にある会社です。その点では、事業ができあがっていくおもしろさと、産みの苦しみの両方を味わっているところです。経験上、ホップ・ステップ・ジャンプのように、部署も事業も「構想/仕込み/具現化」の年があると感じています。それで言うと、2019年は具現化の年にあたるので、一定の結果を出していくべき時期だと身を引き締めています。
――改めて、ANA Xの成り立ちをうかがえますか?
元々マイレージプログラムやANAカードを運営していた、ANA本体のロイヤリティマーケティング部を前身として、グループ会社の全日空商事のロイヤリティイノベーション事業部と合併する形で発足しました。基本的に、グループとしてのすべての顧客に対するCRMを推進していきます。お客様にとってはANA本社の活動なのか、ANA Xの活動なのかということはあまり意識されないことですし、ANA全体として引き続き本社でブランディングを率いてもいるので、一部、本社と兼務しているメンバーもいます。宣伝や広報活動はANA X単体で展開するのは非効率な部分もあるので、随時本社のブランディングやコミュニケーション、ロイヤリティに関する部門と連携して展開しています。
グループマーケティング力を強化していく
――ANA X設立時のリリースによると、それまでANA本社内で推進していたマイレージプログラムを中心とした顧客関連事業を受託する一方で、グループ全体の顧客データの集積と分析を通じて、One to Oneマーケティングとデータを活かした新規事業開発に取り組む、とありました。その実践によって、グループマーケティング力を強化する、とも。このグループマーケティング力の強化とは、具体的にどういうことでしょうか?
航空会社であるANA本社が内包するマイレージプログラムや顧客基盤ですと、どうしても事業の可能性がトラベル領域に留まります。それを、もっと生活全般に広げていくことで、グループ全体でのデータ活用とCX向上を推進しようとしています。実際にこの2年で推進していることとしては、第一に顧客データの共通基盤の整備があります。フライトのマイレージだけ貯めている人、ECや提携店舗でのクレジットカード利用を併用している人、あるいはそちらだけの人のデータを統合し、分析を進めています。
――その分析は、マーケターが担っているのですか? それともデータサイエンティストがいらっしゃるのでしょうか。

両方います。ANA Xとしては、全社員60名のうちの数名が分析に携わっている状況ですが、本社やANAシステムズをはじめとするグループ会社、協力会社と連携しながら、データサイエンスやエンジニアリングといったデータベースマーケティングにおける各要素を補完しています。
まだ、バニラ・エアとPeachAviationのLCC事業とはデータ統合がこれからですし、基盤自体が進化中というところですが、前述の“仕込み”を着々と行っている状況ですね。たとえばですが、LCCを利用した若年層が社会に出て出張で飛行機を使う際、効果的な形でANAの利用を提案できないか、といったことを検討しています。これが完成し本格運用ができるようになれば、ノンエア事業へANAグループ全体の顧客データを活用することが可能になりますし、そこでの新事業の開発も柔軟にできると見込んでいます。それが、グループマーケティング力の強化という言葉が意味するところです。
顧客の生涯を通してANAが寄り添えるように
――なるほど。どうしてもトラベル領域に留まる、とおっしゃったのが、すなわち分社化した理由にも通じますか?
おっしゃる通りですね。冒頭でも申し上げましたが、今後も近い将来にANAグループのメイン事業が航空以外になる、ということはあまり考えられません。ただ、グループにおける航空事業の収益が大きいあまり、航空会社内の顧客基盤のままだと、おのずとゴールが「飛行機に乗っていただくこと」になってしまいます。また、航空会社のANAとしては競合ではないプラットフォーマーをはじめとした企業群の動向や、飛行機の利用とまったく切り離されたところでの生活者の動きや気持ちの変化をキャッチすることには疎くなるかもしれません。そこを解決し、航空から一歩引いて、もう少し遠心力を働かせてマーケティング戦略を立てて実践できるようにという意図で分社化しました。新規事業を始める際にも、ANAの名前よりグループとして、あるいはANA X名義のほうがスムーズな部分もあります。
――先ほど、グループ全体でのCX向上というお話がありましたが、CXは企業によって意味やイメージが異なっていると思います。ANAグループでは、どのような理想像を描いているのでしょうか?
私たちが考える理想のCX、顧客体験をひとことで言うと、お客様の生涯にわたってANAが寄り添うことです。グループ会社やパートナー企業との提携によるANA経済圏を築いて、いっとき利用しない時期があっても、また戻ってこられるようなプログラムやアプローチを作っていきたいと考えています。もちろん、その設計はターゲット顧客ごとのニーズや喜ばれる体験の質によって変わってきますが、オンラインとオフライン、また公私ともにわたって一人ひとりと長くお付き合いできることが理想です。
今すぐは難しくても、10年くらいしたら、街での買い物やオンラインのサービス利用など日常生活の各所でANAグループとの接点が生まれて「あ、これもANAグループだったんだ」と気づいてもらえるような状況が成功と言えるのではないかと、個人的には思っています。