オフラインに進出し、店舗を進化させたAmazon
オイシックス・ラ・大地でCOCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)や日本マーケティング学会理事を務める奥谷孝司氏と、同じく日本マーケティング学会理事を務める岩井琢磨氏が共同CEOを務める株式会社顧客時間。「チャネルアクティベーション支援カンパニー」を標榜する同社は、デジタルを活用してチャネルを進化させ、顧客とのつながりを強固にしていくためのサポートを行っている。
「デジタルを活用してチャネルをアクティベートする」とはどういうことなのか。岩井氏がセミナーで紹介した事例を見てみよう。
岩井氏が事例として一つ目に挙げたのが、オンラインからオフラインへ進出したAmazonだ。2016年12月、Amazonは本社内に食料品店「Amazon Go」をオープンした。店内にはレジがなく、商品を選び取り、そのまま店を出るだけで決済が完了する(利用する際は事前にAmazon Goアプリをダウンロードし、Amazonアカウントでサインインしておく必要がある)。天井や棚には無数にセンサーが設置され、顧客がどの商品を手にとったのか判別できる。裏側にはディープラーニングなどの最新テクノロジーが活用されており、いち早くオンライン企業によるオフライン店舗の姿を示した事例だ。
また、Amazonは「Amazon Books」という書店も展開している。同店最大の特徴は、オンラインとも連携した顧客体験を提供していることだ。来店客が気になった書籍のコードを読み込むと、書籍のレビューやプライム会員、通常会員それぞれの価格が提示される。
Amazonがオフラインに進出する目的をどう考えるか?
岩井氏は「Amazonは、Amazon GoもAmazon Booksもオフライン店舗で利益を出すだけのために運営しているわけではない」と指摘する。1店舗だけで見れば、膨大な設備投資が必要になることが想像できる。では、何を目的としているのか。
「Amazonを訪れた際に受け取った"ネットにおける素晴らしい買い物体験を店舗でも"というメッセージが衝撃的だったのを覚えています。店舗での買い物体験をネットでも再現したい、というのは聞く話ですが、その逆とはどういうことなんだろうと。たとえば、Amazonでは好きな商品を1クリックで買えますよね。店舗でも、決済関連の煩雑さをなくし、まるで1クリックで購入できたような体験を再現しようとしている、ということもそのひとつです」(岩井氏)
店舗とオンラインそれぞれの利点を活かせば、より良い顧客体験を提供できる。その先にAmazonが見据えているのは、オフラインでの顧客行動データの把握だ。自社ユーザーとオフラインでの接点をもつことで、さらに顧客理解を深めることができる。
総合スーパー「TRIAL」で進む、店頭情報のパーソナライズ化
店舗のデジタル化は、Amazon Goやアリババ直営のショッピングモールなど国外の事例が多いが、国内にも店舗のアクティベーションを推進する企業が存在する。
岩井氏が紹介したのは、トライアルホールディングスだ。同社が運営する総合スーパー「TRIAL(トライアル)」では、スマートレジカートなど店内メディアによる提案のパーソナライズ化を進めている。
カートにタブレットが設置されており、商品をスキャンすれば決済がほぼ完了する。購入した商品に連動してレコメンドが表示される他、店内には各コーナーにサイネージが設置されており、顧客に応じた提案も可能になってきている。
天井にはスマートカメラが設置され、顧客行動データを把握。データをもとに、商品の陳列などを最適化している。Webサイト上で行う行動解析を実店舗で実践し、「メディア型店舗」を目指す。
同社の小型店舗「TRIAL QUICK」でも先進的な仕組みが導入されている。夜間は無人運営も可能になる同店では、手にとった商品を専用アプリでスキャンすれば決済がほぼ完了。決済後にゲートにコードをかざせば退店できる。使われている技術自体は先進的だが、購買体験自体には過度なテクノロジーを感じさせる要素がまったくないようだ。
「実際に店舗で買い物をしてみたのですが、もっとテクノロジードリブンな体験になるかと思ったら想像以上に普通だったんです。日常的に同店舗を使われていると思われる高齢者の姿も見かけたのですが、特に迷うことなく使っておられました。顧客に寄り添ってデジタルを導入していることが、衝撃的でした」(岩井氏)
トライアルホールディングスは、自社で開発したシステムを他社に提供する計画も進めている。このような仕組みは、リテーラーとベンダーが共同でサービスを開発し、他リテーラーに販売するRaaS(Retail as a Service)と呼ばれる。RaaSにはマイクロソフトやインテルなども参入しており、今後の成長が見込まれる領域と言える。
購入後の「顧客行動データ」は経営資源となる
ここまで販売チャネルとして店舗を活用する事例を紹介してきたが、岩井氏は、今後は購入後のデータも重視するべきだと指摘する。顧客が商品をどのように使用しているかを把握することが顧客行動の理解を深め、そのようなデータが経営資源となる。
「たとえばAmazonがKindleで、顧客がどこまで読んでいるのかを把握できれば、顧客の嗜好性を理解でき、極論すればAmazonオリジナルの書籍を出版することも可能になります。実際、Amazonは強いPBブランドも展開しています。これらは、購買データだけでなく、レビューなどから収集できる使用データをもっているからこそです」(岩井氏)
顧客に寄り添い、彼らの望むような商品を開発できれば、顧客とのエンゲージメントはより高まっていく。
「これまで、"チャネル"は"販路"という意味合いが強かった。いまは、チャネルは単なる販路ではなく、"顧客とのすべての接点"と捉えるべきです。リテールの場合、チャネル=店舗と捉えがちですが、顧客と触れるのはそこだけではありません。あらゆる接点をチャネルと捉え、いかに顧客行動をアクティベートできるかを考えるべきだと思います」(岩井氏)
チャネルアクティベートを阻害する「7つの落とし穴」と対策
積極的にテクノロジーを活用し、チャネルアクティベートを推進する企業が続々誕生する一方、多くのリテールで導入が進んでいないという側面もある。
テクノロジーが進化しても、導入が進まない理由は何か。岩井氏は、チャネルアクティベートを阻害する「7つの落とし穴」が存在すると指摘する。
チャネルアクティベートを阻害する「7つの落とし穴」
(1)顧客戦略目標が不明確
(2)ブランド価値が不明確
(3)体験価値が不明確
(4)顧客時間の分断
(5)オペレーション体制の不備
(6)ID統合/データ基盤の不備
(7)成果評価指標の不整合
「特に重要なのは、2つ目のブランド価値です。自分たちは、誰にどのような価値を提供するのか。事業を複数もつ企業などでは、そこが曖昧な場合があります。これはすべての要素に影響します。評価指標も定められないし、どのような顧客体験が理想なのかもわからない。そうなると、各チャネルをどのように連携すればいいかも決められませんよね」(岩井氏)
一般的に、新たなテクノロジーの導入を阻害する要因として、社員のリテラシー不足など人的な要素が挙げられやすい。岩井氏いわく、人の問題もあるが、より根本的な戦略要素とそのつながりが明確になっていないケースが多いという。ブランド価値のような概念的なものほど、メンバー間での認識の齟齬をなくすための言語化は必須だ。
では、上記7つの落とし穴を回避し、チャネルアクティベートを成功させるためには具体的にどのようなステップを踏めばいいのか。
「チャネルアクティベートを実行するにあたり、まずは自社の顧客マーケティング課題を俯瞰的に把握することが欠かせません。そこから、ターゲット像・自社チャネル・競合の現状を把握したうえで、理想的な顧客体験を設計します。当然のことのように見えますが、その設計をもとに各チャネルにブランド価値を反映させるためのデジタル活用を進めることが重要です」(岩井氏)
このように、チャネルアクティベートを行うには様々な部署・職能を巻き込む必要がある。店舗は店舗で、ECはECでと、チャネルごとに戦略を立てる企業はまだ少なくないだろう。ただ、それでは個別最適化に終始してしまい、本当の意味でのチャネルアクティベートは実現できない。岩井氏は、成功させるためには全社的に取り組むべき経営課題と捉えることが重要だと強く述べ、セッションを締めた。