解説:「普通の男性像」に苦しめられる男性のインサイト
「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス) 」という言葉をご存知でしょうか? すでにGoogleやFacebookをはじめ、多くの企業内のダイバーシティやマネージメント研修でも取り入れられ始めています。
人の精神的活動の8~9割が無意識だといわれています。人は皆、これまでに経験したことや、見聞きしたことに照らし合わせて、知らず知らずに偏った「思い込み」をしています(※1)。そして、私たちは無意識に「普通の男性」に対しての強い思い込みがあることが、今回改めて理解できました。
対談の中で田中教授からも、価値観が多様化する低成長時代において、「男性は卒業したら40年働いて妻子を養う」ことを前提とした「普通の男性像」の思い込みに、男性自身が縛られ苦しめられていることが説明されていました。
「ダイバーシティ」というテーマは、女性やマイノリティだけを対象にしていると考えている人も多いと思います。しかし「普通の男性像」に苦しめられている一見マジョリティに属すとされている男性たちもダイバシティの当事者です。彼らのインサイトは、変化が激しく不安定な時代のマーケティング・コミュニケーションに非常に重要な視点になるように思います。
今回のインタビューから出てきたキーワードと共に、田中教授の著書(※2)から「普通の男性像」に苦しめられる男性のインサイトを導き出すヒントを考察します。
1、世代を超えた「変わらない思い込み」に注目する
記事内にある“今の20代は父母も祖父母も「男は稼ぎ、女は家庭」で育っているから、自分たちもそれが当たり前と思っている傾向が強くある”という事実は、注目すべきポイントです。企業のコミュニケーションにおけるジェンダーの役割の表現は、繊細かつ大きな課題となっています。
『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』では、世代による男性の意識やファッション感覚の違いなどは、男性論では無価値に等しく、むしろ注目しなければならないのは「何が変わっていないか」であると述べています。その一つとして「男性はリードする側/女性はリードされる側」というルールがとりあげられています。
2014年に大学生を対象にして実施した調査結果では、告白については、男性の65%、女性の73%が男性からすべきと答えており、さらにこれがプロポーズになると男女問わず90%近くが男性がするものだと考えていることがわかっています。この結果は、現代の若者でも重要な決断は男性の責任とされていることを示唆しています。

これは、男性・女性ともに世代を超えて強く持つルールであり「思い込み」です。マーケティングでは世代による違いに目がいく傾向がありますが、ジェンダーの役割に関しては「何が変わっていないのか」により注目することで、現代の社会の風潮と変わらないルールの狭間で苦しめられている、各世代の男性のインサイトが導けるように思います。
2、「男らしさ」を示す達成基準を多様化する
対談の中で、男性らしさを示す方法として「達成」と「逸脱」の二つあることが説明されています。「達成」は、その社会で価値ある「事柄」(スポーツ・経済・学問など)の競争を勝ち抜いたこと示していますが、これは誰にでもできることではありません。そこで「達成」出来なかった男性が、コンプレックスを隠そうと「逸脱」によって男らしさを示そうとする傾向が男性学の研究から明らかにされています。「寝てない」「朝まで飲んだ」「ご飯を抜いた」などの自分の健康を害する自慢話から、電車内でのガンの飛ばしあい、必要以上に足を広げて座る迷惑行為やTwitterに自らの愚行を投稿する人(通称バカッター)の行為、なども「逸脱」であると考察されています。
そして考慮すべきは、男性が「達成」すべき事柄の認識形成には、メディアの表現が大きな影響をもたらしていることです。特に日本はメディアへの信頼率は高く、米国と比較した時には、メディアを信頼できると回答したのは米国では2割ほどであったのに対し、日本では7割である事実からもわかります(※3)。
競争することを原理とする男性にとって、勝ち抜くべき価値のある事柄の表現を、より多く多様にメディアが伝えることは、今まで表面化しなかった男性たちのニーズを引き出すきっかけになる可能性があります。また、決して「達成」=「幸せ」ではないことも指摘されており、表現を考える際には、「幸せ」から紐解くことも一助になるかもしれません。
これは達成基準が多様化し始めている女性をターゲットとした広告からも課題を感じます。「ダイバーシティ」や「女性活躍推進」の名目のもと、女性の達成基準を「会社で働き活躍すること」とおき、育児や家事に専念する女性たちを対象に、この達成基準を押し付けるような広告には違和感を抱きます。育児や家事に専念することで幸せを感じている人にとっては余計なお世話でしかなく、逆にその達成基準に邁進している女性には不快感を抱かせる場合もあります。結果、上滑りとなっているキャンペーンは多いのではないでしょうか。
3、自分ごと化=自分の中の多様性と向き合う
田中教授の著書の多くでは、“多様性を認めるということは、単に色々な人の価値観を受け入れるということではなく、自分の中にも多様性があることを認めることが大切であり、それを無理に男性という一つの形に押し込める必要はない”と説明されています。時とともに人は変わる部分もあり、そうした意味でも一人の人間には多様性があることも示しています。
デンマークのある調査結果によると、男性CEOに娘が生まれると、特にそれが第一子の場合は、息子が生まれたケースに比べて女性社員の給料について厳しい判断をしなくなるということがわかっています(※4)。これは、自分の娘が生まれたという生活の変化から、「女性」の課題に対して当事者意識を持ったことが影響していると考えられます。
10年程前に、「自分ごと」が人を動かすマーケティング手法として注目されました(※5)。これはコミュニケーションしたい相手に、伝えたいメッセージを「自分ごと」してもらう効果とその重要性を伝えています。しかし、多様化している消費者とのマーケティング・コミュニケーションを考えたとき、まずマーケターが自分の中の多様性を棚卸しして自分ごと化し、考えることが本質を探る第一歩のように思います。
とりわけ、まだまだ「普通の男性像」への思い込みが強い日本の社会において、マーケターが自分の多様性と向き合い、既存の枠組みに息苦しさを感じている男性のインサイトを理解することは、新しいマーケットを創り出すと共に、ジェンダーを超えてダイバーシティ社会構築の一助になるように思います。
最後に、今回は「男性学」の視点から新しいマーケティング・コミュニケーションの視点を考察しました。「ダイバーシティ」は決してジェンダーだけの問題ではありませんが、当事者としてフォーカスされてこなかった男性について考えたことで、ダイバーシティ全体に共通する課題も見えてきたように思います。
日本では属性に人を当てはめて一括りに考える傾向が強くあります。属性に当てはめると確かに楽ですし簡単ですが、そこから生じる課題は深刻です。自分を属性に当てはめず、自分の中の多様性と向き合う勇気が、これからの時代のコミュニケーションに新しい視点をもたらすのではないでしょうか。
(1)『D&I推進のために知っておきたい「アンコンシャス・バイアス」』(PDF)
(2)『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』『男子が10代のうちに考えておきたいこと』
(3)『World Values Surve(世界観価値調査)』
(4)『Work Design』Iris Bohnet
(5)『「自分ごと」だと人は動く』博報堂DYグループ エンゲージメント研究所
筆:白石愛美