解説:精神的欲求が求められる時代に響くメッセージとは?
「マズローの欲求5段階説」はすでにご存知の方も多いかと思います。心理学者のアブラハム・マズローは人間の基本的な欲求を5段階のピラミッドで表しました。低階層から、(1)生理的欲求(2)安全の欲求(3)社会的欲求/所属と愛の欲求(4)承認(尊重)の欲求(5)自己実現の欲求と定義し、(1)から順番に欲求が現れると説いています。
高度経済成長時代に消費者が求めていた「物理的欲求(生理的欲求・安全の欲求)」が満たされた今、「精神的欲求(社会的欲求/所属と愛の欲求・承認欲求・自己実現の欲求)」が求められているということは、このように心理学的な側面からも理解することができます。
消費者ニーズは、時代背景が大きく影響します。マーケティングに関わる人たちは消費者の「精神的欲求」のニーズを社会背景と加味しながら理解する必要性が増しているように思います。そのためのヒントとなる「アンコンシャス・バイアス」について、インタビュー内容をもとに考察していきます。
マーケティング業界でも注目される「アンコンシャス・バイアス」
「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」は、主に社内のダイバーシティ研修などで注目され、多くの企業が導入を始めています。実際に、日本を含むアジア・パシフィック地域のメディアおよびマーケティング、通信関連企業で働く人々を対象に行った2019年の調査では、アンコンシャス・バイアス のトレーニングを導入した企業は2年前から15%増え、さらにトレーニングに参加した人の80%は有益であったと回答しています。
誰しもが持っている「アンコンシャス・バイアス」。この傾向を認識することは、コミュニケーションの質を高めます。では、ダイバーシティを前提とした時代に、社会や消費者と向き合うマーケターは、自身のバイアスと向き合えているでしょうか?
WPPグループのグローバルマーケティングリサーチ会社であるKANTERが、約4万人の消費者のほか、世界のマーケター450人、約9,600のグローバル・ブランドのブランド・エクイティ(ブランドの付加価値や資産価値)などのデータから、クリエイティブにおけるジェンダー描写の効果について考察を行った調査レポートがあります。その中で広告のジェンダー表現について、マーケターと消費者のギャップを示す興味深い結果がありました。
マーケターの91%が、自社の広告で女性をポジティブなロールモデルと描写することに成功していると考えている一方、広告の受け手である消費者の45%はそうは思っていないという事実です。

マーケティング業界でも、Unstereotype Allianceなど、知名度の高いイニシアチブが有害なステレオタイプの根絶を目指し発足しています。しかし、このマーケターと消費者とのギャップの事実には、依然として強い「アンコンシャス・バイアス」が潜んでいることを示唆しているように思います。
「アンコンシャス・バイアス」の正体は「自己防衛心」
インタビュー中に、守屋氏から「アンコンシャス・バイアス」の正体は「自己防衛心」であると語れていました。同氏の著書でも「脳がストレスを回避するため」に、無意識のうちに、自分にとって都合の良い解釈をすることで起きること、と説明しています。そして、それは自然の摂理であり、誰にでもあることであるということも理解しなければいけないポイントです。
バイアスには様々な種類があり、記事中で取り上げた事例でも多くの種類が上がりました。いくつかのバイアスのパターンを知っていることは、自分のバイアスの傾向を理解するのに役立ちます。以下に代表的なバイアスの種類を同氏の著書からまとめました。

ターゲットやテーマ、メッセージを発信する企業の特徴などによって、意識すべきバイアスは異なってくると思います。特に、ダイバーシティに関するテーマは繊細なものが多く、表現に伝える側のバイアスが露呈するとネガティブな結果を引き起こしやすくなります。まずは、マーケター自身がアンコンシャス・バイアスの正体である「自己防衛心」の所在を認識することが、その傾向の理解に役立つように思います。
「アンコンシャス・バイアス」の露呈を防ぎ、解放するためのポイント
記事内で、「アンコンシャス・バイアス」の露呈を防ぎ、解放するための具体的な3つのポイントがあげられていました。ここではそのポイントを解説します。
1、「Iメッセージ」の有効活用
マネジメントに関わる人は、「Iメッセージ(私が主体になって発せられるメッセージ)」「YOUメッセージ(相手が主体になって発せられるメッセージ)」「WEメッセージ(私たちが主体になって発せられるメッセージ」の活用方法についてすでにご存知の方も多いかと思います。組織内でのマネジメントの際にはに、そのオケージョンによってこの3つのメッセージを使い分けることが重要とされています。
「YOUメッセージ」は第3者からの断定的なメッセージであるため、発する側が意図していなかったとしても受け取る側は、ネガティブに捉え否定する可能性が高くなります。伝える側の意図していなかった意識、まさにアンコンシャス・バイアスが露呈しやすいのです。
逆に「Iメッセージ」はメッセージを発した「私(I)」がそう感じているんだということであり、受け取った側は否定することはできません。そして、メッセージを発信する側の「私(I)」が誰であるかも、受け取り側に大きな影響をもたらします。
ダイバーシティは正解があるテーマではありません。だからこそ、多様な個人とのコミュニケーションには発信する側(企業)の「Iメッセージ」を様々な側面で意識し活用することの有効性が理解できます。
2、「対話」を促す表現
「ステレオタイプ」を解放する一つの方法として、生活者に「対話」を促すことがあげられていました。「対話」とは多様な個人が一つのテーマに対して「意味」を共有するためのコミュニケーションです。
同じ状況を共有していても、人によってその「意味」は異なります。事例で取り上げた「義理チョコやめよう。」の事例は、日本の社会で共有されている「義理チョコ」という慣習の「意味」について、生活者それぞれの立場から「対話」を促した事例として解説がされていました。
「対話」を促すためには、「問い」の質が重要になります。マーケターが取り扱うテーマに対しての、自身への「問い」の質を高めることは、より良い表現の創造に必要な要素となるように思います。
3、押し付けない見せ方
「決めつけ」や「押しつけ」は人の自己防衛心(「アンコンシャス・バイアス」の正体)を刺激する傾向があり、それが炎上につながっていることは記事内でも説明されています。
共感のあり方は時代とともに、変わってきているように思います。Doveの事例もそうですが、ダイバーシティのテーマは「実験型動画」が高い評価を得る傾向にあります。動画を視聴していく中で、無理なく自分事化できるため、共感性が高いのが一つの理由と考えられます。
冒頭で説明した通り、生活者が「精神的欲求」を求める現代において、企業側がイメージをコントロール(「決めつけ」「押しつけ」)するのではなく、客観的に無理なく自己投影をしやすい見せ方で受け手に答えを委ねることで、「共感」を獲得しやすくなるのではないでしょうか。
最後に、今回のインタビューで強く感じたのは「生活者と企業が平等」であることの重要性です。しかし、冒頭で引用したマーケターと生活者(消費者)の認識のギャップの事実は、「生活者と企業が平等」であるというゴールとはかけ離れているように感じます。
企業やマーケターは、生活者よりも上だという「上位者バイアス」があると仮定した場合、コミュニケーションの弊害は避けられません。広告のパーソナライゼーションや、AIの学習の際に用いるデータにクリティカルな「バイアス」が潜んでいたとしたら、デジタル化によりダイバーシティ社会実現への新たな壁が生まれるようにも思います。ビジネスをリードする人にこそ、自身の「アンコンシャス・バイアス」と向き合う機会を持って欲しいと願います。
参考文献
・『「アンコンシャス・バイアス」マネジメント』(著:守屋智敬 かんき出版)
・「THE DIVERSITY STUDY 2019」(PDF)(KANTER)
・デジタル広告の視聴態度調査「AdReactionアド・リアクション」(KANTER)
・『コトラー マーケティングの未来と日本 時代に先回りする戦略をどう創るか』(著:フィリップ・コトラー KADOKAWA)
・『神戸大学ビジネススクールで教える コーチング・リーダーシップ』(著:伊藤守 鈴木善幸 ダイヤモンド社)
・「対話と会話は何が違うのか」(PDF)
