デジタル時代だからこそ、紙媒体は「感覚」に強く響く
外川:結果についてもう少しお話すると、デジタルネイティブの消費者に紙のDMによるアナログコミュニケーションが響くというのはとても意外でした。
平木:そうですね。若年層と日々向き合っている実務家の方々ともお話させていただいたのですが、「デジタルネイティブにデジタルでメッセージを送っても、思っていたような反応が得られない」という声が上がっていて、衝撃を受けました。
外川:デジタルでは特に、ユーザーが自発的に得たいと思っているメッセージ以外は、見られることもなく埋もれてしまいがちです。そこに追い打ちをかけるようにアプローチをしたところで、到底メッセージは届かないのだと痛感しました。
――共同研究の結果と先生方のご専門である「感覚マーケティング」の知見を実務に活かすには、どのような方法が考えられるでしょうか。
平木:店舗やDMといったアナログなコミュニケーションには、既に「感覚マーケティング」が多数取り入れられています。店頭で、消費者が近づいたら音で気づかせたり、店内を良い香りで満たしたりといった手段もその一つです。
また心理学の知見を応用して「サプライズ効果」を狙うこともできると思います。これは、クーポンや現金など予期しない収入や意外な贈り物をもらうと、嬉しくなっていつもよりたくさん消費をしてしまうという現象です。たとえば、予想外のお小遣いが入ったからケーキを買って帰ろう、といった状況です。
メールで告知や訴求を行う前に、まずは紙のDMを送って意外性や高い価値を感じてもらうことで、コンバージョンを高めることができるでしょう。
消費者は「大切にされているか」を無意識で測っている
外川:これはすべてのマーケティング施策に共通していると思うのですが、重要なのは消費者に「自分は顧客の一人として大切にされている」と感じてもらうことです。それはアナログでもデジタルでも同様です。消費者は、企業が自分をどれぐらい大切にしてくれているのかを、無意識のうちに測っています。
先ほどの共同研究では、「郵便は手間がかかっている」と思っている人たちは、DMを受け取ったときに好意的な反応を示しました。デジタルネイティブはDMをもらうことに慣れていないため、「こんなに手間のかかるものを送ってくれたんだ」と、大切にされていると感じた人が多かったのではないでしょうか。
權:確かに「労力を知覚すると人は高く評価する」という研究結果は、デジタルマーケティングにも生かせるでしょうね。
ある研究で、消費者に電子書籍と紙の本、両方を見せて「いくらだと思いますか」と値段をつけてもらったところ、多くの人が紙の本を高い値段をつけました。しかし電子書籍の表紙の次ページに赤く校閲の入ったゲラのビジュアルを1枚挟む仕掛けを施して、値段をつけてもらうと、イメージする価格が紙の本と同じくらいの値段まで上がるんです。
DMのクーポン利用率を調べる別の研究では、デジタルのDMはクーポン番号を簡単に入力できる一方で、紙媒体のDMは一文字ずつタイピングする必要があったのですが、その一手間があるにも関わらず、クーポンの利用率は紙媒体のDMの方が高いという結果も出ています。わざわざクーポン番号を入力するのは面倒なので、EメールからURLで遷移してクリックしてもらったほうがコンバージョンが上がるのではと思いきや、紙媒体の方が結果的にコンバージョンにつながっていくようです。
平木:こうした行動は、論理ではなかなか説明のつかない部分ですよね。小売業でも感覚をビジネスに取り入れることで、売り上げにつながるという研究結果が出ています。
小売業のトップマネージャーを対象とした「センサリー志向」の研究では、経営者が感覚的なことを重視している企業は売り上げが増大しやすいという傾向が見られます。これからは経営トップが自ら指揮を執って、感覚的な要素をデジタルマーケティングに生かす戦略を立てても良いのではないかと思っています。