データによるUX改善が進むことの利点と危険性
藤井:アフターデジタルでは、行動データを中心に、とにかく日々膨大なデータを入手できますよね。加えて、冒頭でおっしゃったサービス・ドミナント・ロジックをベースにしたビジネスやSaaSが拡大すると、いつも接点を持てている状態になります。そうなればなるほど、企業は顧客の自己実現をより助けることができます。平たくいうと「こうすればいいですよ」というジャーニーに乗ってもらいやすくなる。でもそれって違う側面から見ると、ユーザーをコントロールできる、とも言えますよね?
有園:確かに。
藤井:行動データとUXをコントロールできる、つまり悪用もできてしまうわけで、それは怖い未来として描かれがちだと思います。実際、データの提供を過剰に恐れるとか、監視社会といった言葉が出てきたりもしています。
でも、だからといって「行動データ取得は怖いから規制してくれ」といった方向へ極端に進んでしまうと、テクノロジーでよりよい生活やサービスを提供したり、新しいビジネスモデルをつくったりするのがこの国では極めて難しくなります。
有園:そうはなってほしくないですよね。だから、インテリジェンスが必要だと。
藤井:はい、倫理観というか、企業家としての精神にも近いかもしれない。データを元にUXをどんどん変えていける環境が整ったからこそ、そこに着手するならば、UXにおける一定のインテリジェンスが必要だと皆で認識しておこう、と。アフターデジタルの書籍で、予想以上の反響をいただいたので、逆に僕が次に伝えたいと思ったのが「UXインテリジェンス」の概念と重要性でした。
ただ、UXインテリジェンスは精神的な話だけではなくて、同時にいくつかのケイパビリティも求められると考えています。書籍を発行して以降、本当に多方面の方々から「こういう事業で組みませんか」というお話をいただいていますが、「どうやって」あるいは「どのような力を持ち寄って」という部分がうまくかみ合わないと、構想で終わってしまう。
この、精神とケイパビリティについて先に全体像を整理してみると、以下のようになります。
UXインテリジェンスの構成要素
1.精神――以下の三段階が必要
第一段階:「データ自体は金儲けの源泉ではない」と理解しているか
第二段階:ユーザーに還元する思想があるか(不義理でないか)
第三段階:社会貢献につなげる思想があるか
2.ケイパビリティ――以下の3つの能力が必要
・AIを使いこなす能力
・データサイエンスを活用し理解する能力
・ヒューマンインテリジェンスを扱う能力(人の置かれている状況を把握し、発想する能力)

「データ共有プラットフォームは幻想」アリババの指摘
有園:この2つの要素で、それぞれ一定の状況や条件を満たして初めて、データを“正しく”活用できる企業=UXインテリジェンスが備わった企業だと言えるわけですね。正しく、というのは先ほど言われた“怖い未来”をもたらさない、また一般生活者もむやみに恐れずに済む、という意味ですが。その上で、では精神の3つの段階から詳しく教えてもらえますか?
藤井:そもそも“怖い未来”に進んでしまう根本の理由は、データに対する考え方がそもそもずれているという点にあるんじゃないかと思っています。これが第一段階として挙げた条件で、いまだに多くの企業が「データは金儲けの源泉だ」と思われている部分がある。データは財産で、あればあるほどお金を生むのだと。
有園:確かに、そう考えられている傾向はありますね。でも実際、生データがやたらあってもどうしようもない。
藤井:そう思います。ビジネスの周辺で発生する枝葉的なデータを、ひとまず取っておくことは僕はアリだとは思うんですが、データをビジネスに生かすにはちゃんとソリューション化しないといけない。まして、生データのまま売れるわけがない。
とはいえ僕も、かつては「データは売れる」と思っていました。数年前、ウェアラブルデバイスで生体データを収集して、他社もそれを共有や売買できるプラットフォームを構想し、アリババにアドバイスを求めたことがあったんです。なんなら一枚噛んでもらえないかな、と。そうしたら「そんなプラットフォームは幻想だ」と言われて。
有園:ばっさり(笑)。つまり、ソリューション化しない状態でデータを売ろうとしても無理だと?
藤井:そうです。確かに考えてみれば、データってそもそも2種3種あるだけで突合がまず難しい。誰がそのコストを出すのかという点でもめて、絶対に実現しないのだと。
アリババはおそらく、中国で最もデータをもっている企業ですが、彼らは必ず自社でデータの解釈を決め、人材も集めてクリーニングしてソリューション化してからビジネスをしているんです。なので、第一段階として、何のソリューション化もせずにデータを財産と思うなと認識することが挙げられると思っています。