デジタル時代のブランドと消費者
“D2C”(Direct to Consumer)ブランドと呼ばれるデジタル発のブランドが次々に生まれ、若い世代を中心とする熱心なファンに支持されています。スーツケース・ブランドのAway、ベッド用マットレスのCasper、アイウェアのWarby Parker、アパレルのEverlaneなどが、代表的なD2Cブランドと言われます。
これらのD2Cブランドは、デジタル社会以前に築き上げられた既存ブランドとどのように異なっているのでしょうか。
青山学院大学の久保田進彦教授による2本の論文「消費環境の変化とリキッド消費の広がり−デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討(PDF)」および「デジタル社会におけるブランド戦略−リキッド消費に基づく提案(PDF)」は、デジタル社会の消費者行動およびブランド戦略について、とても重要なヒントを与えてくれます。
久保田教授は、デジタル技術が浸透した今日の社会に特有の消費行動を、短命で、所有よりアクセスを重視し、脱物質的傾向が強いとして、「リキッド消費」と呼びます。またこのようなリキッド消費の時代において有効なブランド戦略として、「裾野を広げる戦略」と「生活の中に溶け込む戦略」という2つの大きな指針を提案しています。
この論文で示されているデジタル時代の新たなブランド消費の特徴は、今日の消費者の特徴から捉えられたものですから、その対象となるブランドは、今日のブランド全般です。しかし「デジタル発」の新興ブランドにおいて、こうしたデジタル特有の消費行動の特徴が、より鮮明に現れる可能性があります。したがってD2Cブランドとその顧客との関係を十分に検討することを通じて、デジタル時代に適したブランド戦略について、有益な示唆を得ることができるでしょう。
このような意味で、久保田教授の論文はデジタル社会における消費者行動のあり方、これに対応した既存および新興ブランドの戦略について、とても重要なヒントを与えてくれます。

「ここにないものを思い浮かべる能力」がブランドにおいて果たす役割
中央大学の田中洋教授による論文「想像力とブランド−新しい研究パラダイムに向けて(PDF)」は、より根本的な視点に立ち戻り、ブランドにおいて想像力が果たす役割を議論します。
田中教授によれば、想像力とは「ここにないことを思い浮かべる」能力で、ブランドがブランドとしての働きを発揮するために本質的に重要な役割を担っています。この論文では、マーケティング論はもとより哲学、心理学・精神医学、脳神経科学・人類学などの広範な領域において行われてきたこれまでの膨大な研究を見渡し、想像力とは何かを根本から考察しています。
田中教授は、こうした広範な先行研究を検討することの意義として、(1)想像力の働きを考慮した新たなブランドの定義を提案すること、(2)ブランドが想像力を活性化させることで消費者行動に与える影響プロセスをモデル化し、ブランドに関する新しい研究パラダイムを提案すること、の2点をあげています。
(1)まず「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客が想像力を駆動して働かせる認知システムとその知識」という新たなブランドの定義を提案します。
(2)またこの定義にもとづいて、想像力の役割を中核に組み込んだブランドと消費者行動の新たなモデルを提示し、またこれにもとづいた新たなブランドの研究パラダイムを提唱しています。