実店舗のノウハウ流用では立ち行かない
バロックジャパンリミテッドは日本国内で17ブランド・356店舗を有し、2019年2月期の売上は710億円超と成長を続けている。「実店舗主体ビジネスからのEコマース促進~組織、パートナー企業、顧客との向き合い方~」と題されたセッションでは、同社のEC事業部・デジタルマーケティング担当を務める柴田幸男氏が、データドリブンなECサービスを構築してきた過程を紹介した。
同社は2007年9月にオンラインストア「SHEL'TTER」を開設し、翌月には通販型ファッションマガジンも創刊した。当時のオンラインストアは、リアルでのブランド人気も高いこともあって、ネットでは商品は出せば売れるし、ファッションマガジンも全国の書店、コンビニエンスストアで販売しては売れるという状態で、デジタルマーケティングを積極的にやる必要はなかった。
また、2017年6月に自社ECサイトのシステム改修に着手するまでの状況を、柴田氏は以下のように説明した。
「当時のECサイトは『自社サイト』の体裁は繕っていましたが、ページ更新や集客、システム運営などは、すべて委託会社に任せていました。社内にデジタルマーケティングのノウハウが蓄積されず、実際は他社ECサイトに近い形の運営になってしまっていたのです」(柴田氏)
加えて柴田氏は、これまで成功していた実店舗主体のビジネスモデルを、そのままデジタルに適用しようとしていたことに問題があったと振り返った。
「実店舗の成功体験が大きく、長い間『実店舗優先』という文化がありました。ECについては、ブランド人気が自動的にEC売上とも連動しているところが大きく、主に雑誌で展開していたマスマーケティングの手法をブランディング面だけでなく、集客や販売時にも適用しているところがありました。」(柴田氏)
具体的には、紙媒体の編集手法で「見た目優先のコンテンツ」を制作したり、使い勝手を検証しないまま接客ツールを導入したりしてしまった。その結果、ビジュアルは美しいもののECコンテンツとしては使い勝手が悪く、ツールとしてなかなか浸透しなかった。
EC化の壁となった3要因
アパレル業界に限った話ではないが、過去の成功体験が多いほど、ビジネスモデルの転換は難しい。柴田氏はEC化の促進が滞った背景として「SPA(Specialty Store retailer of Private label Apparel)事業を展開してきたが、集客はデベロッパー任せであったこと」「モノ軸でビジネスを見ていたこと」「ブランドごとの世界観の違い」を挙げた。
SPAとは、デザインから製造、店舗での販売までを統合した、垂直統合型の販売手法だ。大手ブランドのユニクロや無印良品などがこれにあたる。特にユニクロは週末に折り込み広告を配るなど、集客にも注力している。しかし、トレンド系のアパレルは、商品を販売する店舗は持っているが、「集客の施策」はデベロッパー(ショッピングセンターやファッションビル)や百貨店が実施している。
「当社では、広告費用を『集客』ではなく『PR』という位置づけで捉えていました。そもそも店舗が集客装置の役割を果たしていたため、『集客のために施策を講じる』という発想がなかったのです」(柴田氏)
また、KPIを売上高に設定していたことも、EC化の足を引っ張った。「商品が何個売れていくら儲かったか」をKPIにすると、「いかに在庫を残さないか」に注力するようになり、結果として「誰が購入しているのか」を見なくなる。
「販売やPRの戦略が、『ユーザーに対してどのようにアプローチするか』ではなく、『在庫を売り切るにはどうするか』といったモノ軸になっていました」(柴田氏)
さらに、ブランドごとの世界観の違いも、障壁になってしまった。同社が有する17のブランドは、特徴もターゲット層も異なる。さらに多くの社員が各ブランドに愛着をもって担当してきた店舗出身であることから、「個別にサイトを構築したい」「在庫は店舗優先で配分したい」という要望が生まれ、調整が難航したそうだ。
「モノ軸からユーザー軸」へのシフトに注力
こうした状況を打開し、EC化を促進するためにどのようなアクションを取ったのか。
2017年6月のECサイトのシステム改修後、同年10月にモバイルアプリ「SHEL'TTER PASS」をリリース。ECとデジタル広告や「SHEL'TTER PASS」との連動を強化したことで、入会者数は増加し、現在、同アプリのダウンロードは開始1年半で100万ダウロードを越え、その後もダウロード数は伸び続けている。
とはいえ、システムを刷新しただけでLTVが増加するわけではない。LTV増加を実現するには、運営ノウハウの確立や、自社構築も踏まえたパートナーシップ体制を整える必要があった。具体的には、ツールやシナリオチューニングなどを行わずとも、マーケティングオートメーションを活用できるようにすることと、企画・編集のノウハウを持ったメンバーがモノ軸からユーザー軸にシフトし施策を実行できるようにすることが目指された。
そこで柴田氏は、担当者の負担を低減するべく、初期に考えられる定番シナリオを投入し、チームメンバーがノウハウを持つまでサポートを受けられる環境を整備。また、メンバーがユーザーを軸にした各係数をモニタリングできるような業務体制を構築した。
DMPとMAを活用し、個の可視化を進める
体制構築にあたっては、ブレインパッドのレコメンドエンジンを搭載したプライベートDMP「Rtoaster(アールトースタ)」と、BtoC向けマーケティングオートメーションである「Probance(プロバンス)」を導入。企画や編集、運営メンバーが提供するメールマガジンやLP、画像などを、ユーザーの嗜好性に合わせて出し分けられるようにした。現在は、ユーザーの嗜好性に合わせてコンテンツ自体をパーソナライズし、ユーザーごとにマッチングができるようPDCAを回しているという。
「力を入れているのは、ユーザー反応の可視化です。これまではコンテンツのPVを見ていましたが、コンテンツを見たユーザーの反応にフォーカスするようにしました。こうしたデータを企画や編集、運営メンバーにフィードバックすることで、ユーザーを『個』として理解するように務めてもらっています」(柴田氏)
ユーザー反応を可視化することで、「誰にどのような提案をするか」といった次の施策が見えてくる。その際には、店舗での接客経験のノウハウを活かすこともできる。現在は、マスマーケティングで培ったノウハウを言語化し、ユーザーログと組み合わせて、ユーザーをセグメント化し、企画編集運営のPDCAに活用することで、ユーザーニーズに応える商品・企画の提供を実施しているという。
柴田氏が今後の展望として語るのは、ECサイト店舗との連携だ。EC側で収集したユーザーの嗜好性データと店舗側の購入ログなどを掛け合わせて分析し、その結果を店舗にフィードバックする。そして店舗側のデータをECに戻すことで、“実効性のある”オムニチャネルが実現するのだ。
柴田氏は「まずは、データに基づいたマーケティングができるチームを構築すること。そしてその先にあるのがECサイトと店舗との連携です」と、発展の可能性を語り、セッションを締めくくった。