※本記事は、2020年4月25日刊行の定期誌『MarkeZine』52号に掲載したものです。
リテールの世界では「Eコマースの台頭」と「既存リテールの衰退」が強く関連付けられ、説明・記述されることが多い印象だ。人々の消費行動はオンラインに移行しており、それが理由で店舗での購入が減少しているというもの。
しかし、現実はそれほどシンプルなものではないようだ。Eコマースの強みの一つは利便性だが弱みもある。最近では、脅威を増す自然災害によって消費者の間で危機感と環境意識が醸成され、Eコマースによる過剰包装がごみ問題や環境問題を悪化させるとして、懸念する声が強まっているのだ。一方、こうした環境意識の高まりを考慮し、エコな体験を取り入れた店舗の人気が高まるといった現象が見られている。
また、消費者の時間の使い方が変化していることもリテール業界に影響を及ぼしている。たとえば、ミレニアル世代は団塊の世代やX世代と比べ「体験」を重視するというのはよく知られた特徴だろう。この「体験」を実現する手段として用いられるのが旅行だ。
世界の空港利用者数は増加しており、2018年には年間44億人が飛行機を利用している。これにともない空港内店舗はかつてないほどの盛り上がりを見せているのだ。店舗の閉鎖が相次ぐショッピングモールやハイストリートとは対照的な状況だ。
空港に関しては、シンガポールやオーストラリアで「Aerotropolis(エアロトロポリス)」構想が着々と進められており、未来の生活は空港を中心に広がる可能性も見えている。リテール業界はチェックしておくべき変化と言えるだろう。
今回は「空港」という視点からリテール業界で起こる変化を捉えるとともに、空港リテールの未来を見通してみたい。
既存リテールの苦境と空港リテールの盛り上がり
このところ米国では既存リテールの低迷だけでなく、空港リテールの活況を伝える報道が増えている。
CNN BUSINESSは2019年1月に「Why retailers are fleeting Fifth Avenue」という記事で、世界有数のハイストリートと呼ばれるニューヨーク5番街においてラグジュアリーブランドが次々と店を閉鎖していることを伝えている。
5番街で閉鎖したのは、カルバン・クライン、ラルフローレン、ロード・アンド・テイラー、ヘンリ・ベンデルなど。またギャップとヴェルサーチェも撤退を検討していると伝えた。
CNN BUSINESSによると、カルバン・クラインとトミーヒルフィガーの親会社PVHCorpは、「デジタル時代に適応するために再構築が必要」との認識を示したという。
またCNN BUSINESSは2019年7月に「Malls are struggling. But stores in airports are thriving」と題した記事で、ショッピングモールの苦境と空港リテールの活況を報じた。
空港リテールは、海外旅行者数の増加にともない右肩上がりで上昇。CNN BUSINESSはその成長速度を「breakneck pace」という言葉で表現。首が折れるほどの速さで拡大しているというのだ。
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の試算によると、旅行関連リテール市場の売上高は2002〜2017年の16年間で年間平均8.6%の成長を見せ、その規模は200億ドル(約2兆円)から690億ドル(約7兆円)と3倍以上に膨れ上がった。
特に顕著な成長を見せているのがアジア太平洋地域。成長率は世界平均8.6%を上回る14.4%。世界全体に占める同地域のシェアは45%で、世界最大の旅行関連リテール市場に成長しているのだ。
この活況の背景にあるのが空港利用者の増加だ。BCGが世界の中・大規模空港の年間利用者数を推計したところ、2002年に19億5,000万人だった空港利用者数は平均5%の成長を遂げ、2017年には2倍以上となる40億7,000万人に達した。成長率が世界平均を上回ったのが中東(7.7%)とアジア太平洋(7.7%)だ。
2002〜2017年の16年間で空港利用者の数は2倍増だが売上高は3倍以上の増加。一人あたりの消費が高まったことを示唆している。実際、BCGが分析したところ、最近までアジア太平洋と中東地域の一人あたり消費額は2倍以上に拡大していたことが明らかになった。この分析では旅行関連市場における2002年の一人あたり消費額を100として、その後の変化を比較。世界平均は2014年に200近い値を付け、それ以降は若干減少、2017年は160付近でとどまっている。
やはりここでも顕著な伸びを見せたのがアジア太平洋地域。2002年の100から2014年に250以上に増加し、2015〜2017年は若干減少したものの250付近で推移している。一人あたりの消費額はこの15年で2.5倍増加したことが示されている。
この恩恵を受けたブランドの一つがコスメブランドのエスティローダー。同社が2019年2月に発表した第2四半期の決算では、売上高が前年同期比で7%増加、40億ドル(約4,100億円)と過去最高を記録した。オンラインの売上に加え、アジア太平洋地域、また旅行リテールにおける好調が全体を押し上げたと説明している。
CNNによると、エスティローダーのCEOファブリツィオ・フリーダ氏は「今最もエキサイティングな販売チャネルは旅行リテールだ」と発言。同社美容プロダクトの初回購入者の59%が空港で購入しているというのだ。
エスティローダーは、空港での広告投資を加速させるだけでなく、旗艦店の開設やオンラインで買って空港で受け取るといった新しい取り組みも実施しており、同社の空港リテールでの売上高はさらに伸びることが期待されている。
また空港では別の興味深い現象が観察されている。米国で主にラジコンやドローン、スマートウォッチなどのガジェットを販売しているBrookstoneという電子機器・雑貨リテールがある。ほとんどの店舗はモールに入居していたが、モール衰退の煽りを受け、モールで展開していた101店舗を閉鎖し、2018年8月に2度目の破産申請を行った。しかし、空港で展開していた35店舗は好調を維持していたため、閉鎖せず運営の継続を決定したのだ。
2019年9月末には米旅行リテール大手Hudson GroupがBrookstoneを買収するといううわさが持ち上がった。WWD(Women's Wear Daily)が関係筋の話として報じたところでは、Hudson GroupはBrookstoneの空港店舗を50店舗に拡大する計画だという。