表面的な課題ではなく根底にある原因を紐解く
――外的環境やライフスタイルの変化に合わせてサービスも変えると話されましたが、今年はコロナ禍で大きく生活が変わりました。在宅時間が増え、料理の機会増や自炊のきっかけにもなっているようです。その変化をどう捉えていますか?
家族イベントとしての料理や、お菓子やパン作りなどの流行、あるいは生鮮ECの拡大といった変化は捉えてはいます。ただ、私の中でそれよりもインパクトがあったのは、飲食店の自粛要請による休業や廃業です。
表面的には、料理の機会が増えたことは料理の領域には追い風で、新たなサービスも生まれています。ただ、常に事象の背景を捉えることが大事だと思っていて、「家で料理を」というムーブメントだけが急激に起こることがよいことかは、考えるべきだと思います。
――それは、飲食業の方やそこに卸す生産者の方も楽しみのつくり手だから、その苦境は御社の目指す姿とは相容れない……ということでしょうか。
そうですね。料理が楽しみになった先には、飲食業で起業する人だっています。私たちは単にサービスのユーザー増を目指しているわけではないので、不安からくるわかりやすい需要に飛びつかないようにと考えています。
そんな“同情マーケティング”とも言える事態を、2011年の東日本大震災時に多く目にしました。当時、学生をしながら被災者と住宅提供者をつなげる支援サービスを立ち上げて運用していましたが、振り返ると自分自身も、不安から拠り所を探す人に安易にオファーを提示する同情マーケティングになっていた部分もあったと思います。
狭いユーザーに一時的に喜ばれることが、長期的に、また関係者全体を俯瞰した場合に何を引き起こすのか、自分たちの立ち位置を正義感を持って冷静に見つめるべきだと思います。
ブランドパーパスに基づき事業を育てていく
――プラットフォーマーとしては、正義感や倫理観が求められる?
そう思います。需要にどう応え、何をすべきでないか、線引きがわかりづらくなっているのも確かですが、だからこそ見誤ってはいけない。急速に変化し続ける世の中と、その影響を受ける生活者を把握して、私たちはどういう方向性になるのが望ましいかを提示し、それに沿った活動をしていきます。
それは、料理に関するどんなつくり手にも拠り所になること。そしてその方々の思いの具現化をお手伝いできる、信頼に足るサービスを提供していくことです。接触を避けるべきだからといって、何でもオンラインにすればいいわけでもありません。特に料理の領域は、味や香り、調理中の細かな変化など、オンラインにすると抜け落ちてしまう体験があります。その体験を提供していたつくり手が、本来オフラインで何を実現したかったかを理解した上で、新しい手段を提案したい。
ただ流行っている形態を取り入れるのではなく、根本的な課題解決に取り組む会社として振る舞い続けたいという思いがあります。経営者としては、本当にやるべきことを見極め、ときには矢面に立って、事業や会社を育てていく観点が重要です。自分たちの役割を見つめ直し、柔軟に変えていくことが、私のやるべきことだと思っています。
――今、多くのマーケターが変化への対応に直面しています。最後に、同じマーケターの方々へひとこといただけますか?
この数ヵ月、ずっと「変化」について考えてきました。この時期は本当に、変化に強い会社かどうか、変化に強い人間かどうかが浮き彫りになったと思います。変化が小さいときは、たとえば縦割り組織の中で手法を精緻化するといった部分最適が奏功すると思いますが、変化が大きいときは違います。基本に立ち返り、本質的に何を捨てるべきか、そして何をやりたかったのかを考え抜く力がいちばん求められています。
リモートワークにしても、私たちはコロナ禍が本格化する前の2月から完全に切り替えましたが、7月からむしろ週1の出社を促しているんです。もちろん、そうした取り組みが不要な会社もあるでしょうが、私たちが本質的な価値は何かを突き詰めるためには、やはり対面して思いを議論し昇華させていく必要があるというのが、現時点での見解なんです。
自分たちの事業や特性に照らし合わせて、どういった向き合い方や働き方が必要かを考えることが、従前とは変わった、また今後も変わり続ける時代において大事だと思います。