アウトカムの二大潮流
国内のヘルスケア市場は、大きく「ウェルネス」市場と「メディカル」市場に分けることができる(図表1)。
ウェルネス市場とは、生活者の健康の維持・向上をベネフィットとする個人消費の市場だ。代表的なカテゴリーは、健康食品・サプリメント、フィットネス、健康機器がある。
一方、メディカル市場は、病気の治療・アフターケアをベネフィットとする公的保険の支払いが大部分を占める市場だ。代表的なカテゴリーは、医療サービス、医薬品、介護がある。現在、それぞれの市場の課題の違いから、生活者の健康を起点とする考え方は共通するものの、異なる観点でアウトカムを重要視する流れが強くなっている。
(1)ウェルネス市場の動き
ウェルネス市場のアウトカムを捉えるキーワードは、「顧客体験」だ。国内ウェルネス市場の大半のカテゴリーは成熟している。経済全体と同じくトップラインが伸びない中、参入障壁の低さから、類似する商品やサービスが溢れ、年々利益の源泉となる差別化を生み出すことが難しくなっている。そのような市場環境では、生活者が購買活動で重視することは、商品・サービスそのものや機能的な価値から、それらを購入したり使用したりして得られる経験価値や感情の動きの良し悪しにシフトする。このことは、ウェルネス市場も同様である。プレイヤーは、それに適応して、従来の企業・製品を起点とする発想から真に生活者のアウトカムを起点とする発想に切り替え、顧客にとって価値のある経験や感情の動きを設計し実行する能力が強く求められている。
ここでのアウトカムは、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)で、よく表現される意味での健康だ。WHO(世界保健機関)の健康の定義では、「健康とは、身体面、精神面、社会面における、すべてのウェルビーイング(良好な状態)を示し、単に病気・病弱でないことではない」としている(図表2)。
この定義と同様に、従来の機能だけを考えた健康食品の摂取や運動による身体面への貢献だけでなく、生活者の心を豊かにする精神面や社会面における付加価値をいかに創出できるかが重要だ。
付加価値の創出では、ソーシャル・ネットワーキング、ゲーミフィケーション、パーソナライゼーションが論点となりやすい。フィットネスジムの会員サービスや健康情報を取り扱うモバイルサービスを提供する一部の先進的プレイヤーは、顧客と定期的な接点から得られる信頼や顧客情報から、様々な商品やサービスを組み合わせてレコメンドしている。これにより、包括的に生活者のウェルビーイングをサポートするビジネスモデルへと変革しているのだ。結果、従来の大手プレイヤーを遥かに上回る売上と利益を短期間で生み出す事例も出ている。
(2)メディカル市場の動き
次に、メディカル市場でアウトカムを捉えるキーワードは、「医療経済」だ(図表3)。
国内の医療を支える公的保険制度には構造的な限界があり、様々なメディアで取り上げられている。高齢化と医療技術の発展から医療費が継続的に増加しており、それを現在の制度で支え続けていくことは困難な状況にある。健康な社会に不可欠な医療システムの崩壊、その先には国家財政の破綻にもつながりかねない。
その解決手段として注目される概念に、医療経済がある。医療経済とは、医療を経済学の手法を用いて分析する概念である。医療に使うコスト(お金)に対して、生活者のアウトカムの評価を行い、得られるアウトカムを最大化できるように医療費の配分を最適化する。ここでのアウトカムは、健康寿命、治療による生存期間や副作用の発生率、QOLへの貢献など様々であるが、それをコスト対効果で評価する点に特徴がある。アウトカムの価値は、得られるアウトカムの大きさだけでなく、要したコストの大きさも加味して判断する。
現在、財政への影響が大きい高額な医薬品や医療機器の保険償還に関わる再評価で、アウトカムの概念が主に活用されているが、中長期的には、病気の治療自体を発生させない予防分野への期待が大きい。今後も革新的な医療技術は健康な社会に必要であり、それを負担するコストもそれに相応しいものとならざるを得ない。そのため、高額な医療を抑制するアプローチには限界がある。また、医療費の大部分を占める高齢者の医療においては、日頃の生活習慣の改善と適切な医療アクセスを組み合わせることで、骨粗しょう症や糖尿病、認知症などの重症化を予防することが可能である。
結果として、重症化した際に発生する多額の医療費や生活者のQOL低下を大きく抑制できる。医療経済の文脈では、そのようなアウトカムの最大化を実現したプレイヤーには、大きなコスト(お金)が支払われるようになる。DPC制度(包括医療費支払い制度)の対象病院の拡大やヘルスケア領域でのソーシャルインパクトボンド(成果報酬型で社会課題を解決する官民連携事業)の先進的な導入など、国内での具体的な動きも増えてきている。
