Markezineをご覧の皆さん、はじめまして、山口哲一です。
音楽プロデューサー/音楽事務所社長として20年以上活動し、業界団体の理事や経済産業省の委員なども務めました。10年前からエンターテック・エバンジェリストと自ら名乗り、メディア・コンテンツ業界のデジタル化(ほとんどの場合はその遅れ)について提言もしながら、実業として起業家と一緒に新サービスを立ち上げる活動をしています。
本連載では、マーケターの皆さんに、音楽分野におけるデジタルマーケティングの必要性と可能性をお伝えし、興味を持っていただければと思っています。
ストリーミングで伸長する世界の録音原盤市場
まずは、俯瞰して近年の音楽市場の変化についてご説明します。2001年〜2020年の世界の音楽市場の推移のグラフをご覧ください。
2014年を底に、見事なV字カーヴを描いて復活しているのがわかるかと思います。赤色のパッケージ売上(海外ではPhysicalという言い方をします)が下落を続け、青色のストリーミングサービスが急速に伸びています。
音楽市場の復活を牽引したのがSpotify、Apple Musicといった音楽ストリーミングサービスの伸長です。2020年はコロナ禍でしたが、成長を続けています。そして、まだ伸びしろがあるという見方が一般的です。
次の円グラフは、売上における比率です。ストリーミングが6割を占めていることがわかります。
これらのグラフから音楽ビジネス生態系の幹が月額課金(サブスクリプション)型のストリーミングサービスになったことが理解できるかと思います(ちなみにパッケージ売上19.5%の内の5割弱が日本市場です。海外ではCDはレアなアイテムになっています)。
音楽市場という言い方をしましたが、音楽にはいくつかの分野があります。コンサート市場やファンクラブやマーチャンダイジングなどアーティストを中心に様々な収益源があるのが音楽ビジネスです。
いつからか、世界ではレコード業界、レコード市場という言葉を使わなくなりました。代わりに録音原盤市場(Recorded Music Market)という呼び方をします。録音された音源を元にしたビジネスの中心がレコードやCDといったパッケージではなく、デジタルサービスが中心になったからでしょう。
一般的には音楽ビジネスというとレコード会社というイメージが強いかもしれませんが、もうその時代は変わっています。
これまでの音楽ビジネスは、アーティストがパッケージで作品をリリースすることが中心でした。CDをリリースし、レコード会社は番組やTVCMのタイアップにして、TVやラジオで楽曲が流れるように宣伝をしました。アーティストのコンサートツアーも、「アルバム発売記念」として、CDリリース数カ月後に行うというのが一般的でしたから、作品のリリースが起点だったわけです。
しかし、音楽消費がデジタルサービス上を中心に行われるようになり、構造が変化しています。
音楽ビジネスに起きている構造変化
変化の背景にあるのは、近年言われ続けているインターネットがもたらす「民主化」です。他の産業領域で起きている「個人へのパワーシフト」が音楽ビジネスで、わかりやすく起きているのです。
従来のレコードビジネスの3要素だった、制作・宣伝・販売が、デジタル化によって、全く様相を変えています。
制作:プロ用スタジオとプロエンジニア→音楽家が自宅でDAW
楽曲のレコーディングをする作業を業界内では、音楽制作、原盤制作、略して制作とも呼びます。以前は、音楽専用スタジオで、プロフェッショナルのレコーディングエンジニアがいなければ、プロクオリティの音源をつくることはできませんでした。
今は、DTM(デスクトップミュージック:パソコンで音楽制作を行うこと)に関する技術革新が進んで、スキルの高い音楽家であれば、自宅でプロの作品レベルを作ることも不可能ではなくなっています。DAW(デジタルオーディオワークステーション)ソフトの進化も目をみはるものがあります。音色のサンプリング技術と流通の仕組みが充実していますので、生演奏の必要性も以前とは比べものにならないほど少なくなりました。
宣伝:マス・メディア→SNSで口コミ+プレイリストPR
以前はヒット曲を産み出すためには、マス・メディアの活用が必須でした。TV番組の主題歌やCMソングにして楽曲に触れる機会を増やすこと、TVの音楽番組に出演して演奏することがヒット曲の条件になることが多かったのは事実です。シングルCDのTVCMを流すということも頻繁に行われていました。
しかし、マス・メディアの効果は相対的に大きく下がりました。現在はSNS上での口コミや、動画UGMでの拡散がヒットの決め手になっています。昨年突然ヒットした瑛人「香水」は全く無名のアマチュアミュージシャンがTikTokから自然発生的に生まれたヒットで、年末にはNHK紅白歌合戦に出演して社会現象になりました。
欧米では、Spotifyのプレイリストから派生してヒットしていく形が基本パターンになっています。最も注目されているのはシェアやライクなどのユーザーの行動を指標化した「バイラルチャート」です。マス・メディア投下型からユーザー発に宣伝のポイントが変わっているわけです。
販売:CD店に大量に並べる→ストリーミングサービスでの再生
販売も全く様相を変えています。発売日にCD店に大きなポップと一緒に並べる、大型CD店の目立つところに「場所取り」するのがレコード会社の営業部の力の見せ所でした。
しかし、最後のCD大国である日本でも2020年のパッケージ売上は19%減少しました。また、アマゾンなどECでの購入も一般的になりCD店の役割も小さくなってきています。
そもそもサブスクリプション型ストリーミングサービスは、総売上を各曲の再生回数で割って、アーティストに分配するモデルですから、再生を誘発する「宣伝」と「営業」が一体化しています。これもデジタル化の大きな変化です。
宣伝部と営業部が分かれていることが、そもそもナンセンスということですね。
ヒットの肝:発売日を盛り上げる→配信してからのユーザー拡散
ヒットを出すためのポイントも大きく変わっています。CD時代は、発売日に向けて期待感を煽り、発売週の売上数を稼いで、週間オリコンランキングで上位に入り、その話題でマスコミを賑わすというのがパターンでした。
今や全く状況は変わっています。YouTubeやSpotifyにない楽曲は、「この世に存在しない」のと同じです。配信サービスにリリースされてからユーザーの反応によって、ヒット曲は作られていきます。各配信事業者は、ユーザーと楽曲の幸せな出会いを生み出す(MUSIC DISCOVERYという言葉で語られています)ためのアルゴリズム研究に大きな開発費を注ぎ続けています。