ブランドはお客様の声から生まれる
ガトーショコラ専門店『ケンズカフェ東京』のオーナーシェフ、氏家健治と申します。
東京・新宿御苑前の路地裏にある小さなお店で、販売するのはガトーショコラだけ。しかも事前予約による店頭販売のみで、年商3億円を売り上げています。
非常識ともいえる販売方法ながら、おかげさまでグルメサイト『食べログ』のチョコレート部門で第1位を獲得し、6年前からはファミリーマートとコラボしたデザートを監修するようになりました。
たった一つの看板商品で『ケンズカフェ東京』をブランド化してきたわけですが、では、どうやって看板商品が誕生したか? きっかけとなったのは、「お客様からの声」でした。ガトーショコラを売りにしているくらいだから、もともとはケーキ屋さんでしょ? と思われがちですが、実はイタリアンの店としてオープンしたのが始まりです。1998年に『ケンズカフェ』というカフェスタイルのイタリアンレストランを開業したものの、当初は赤字続き。いつ倒産してもおかしくない状態に陥っていました。そんな窮地から救ってくれたのが、ガトーショコラだったのです。
ガトーショコラはフランス発祥の焼き菓子ですが、『ケンズカフェ』では開業当初からデザートの一つとしてお出ししていました。小麦粉を一切加えず、上質なチョコレートとバターをふんだんに使用した濃厚なガトーショコラです。当時のガトーショコラといえば、チョコレート味のパウンドケーキのようなものが一般的でしたから、私の作るガトーショコラがインパクトを与えたのは当然です。「こんな味、食べたことがない!」とお客様の反応は上々でした。
さらに「持ち帰りたい」との声をいただくようになり、最初は丁重にお断りしていたものの、日ごとにニーズは高まり、仕方なくテイクアウトを受け付けることにしたのです。すると、予想に反して注文数は増え続け、やがて地方発送の要望もいただくようになりました。「出来たてを提供したい」と努力してきた私としては複雑な心境でしたが、お客様の願いに応えたいとの思いもあり、対応することにしました。
圧倒的な知名度をもつブランドには「顔」と呼べる看板商品がある
ちょうどその頃、赤字続きだったレストランの営業を貸し切り宴会に特化したことで、利益が出始めていました。ただ、場当たり的な広告による集客がメインで「このやり方を続けていても見通しは明るくないな」と危惧していました。
「ガトーショコラを看板商品にして商売ができたら最高だな」との考えが芽生えたのはその時からです。そこで大袈裟ですがガトーショコラ事業部を立ち上げ、宴会で儲けたお金をブランド育成へとつぎ込みました。
ガトーショコラ専門の公式サイトを作り、(今はやっていませんが)通販も本格的にスタート。すると面白いように注文が飛び込みはじめ、ついに売り上げの7割を通販が占めるまでに。こうして、ガトーショコラ専門店へと業態転換したのです。
ユニクロのフリースやアップルのiPhoneもそうですが、圧倒的な知名度と信頼をもつブランドには「顔」と呼べる看板商品があります。お客様のニーズに応えようと品揃えを増やしたくなる気持ちも分かりますが、「何でもある」は、言い換えれば「これといった商品がない」とも言えます。ですから、商品やサービスをブランド化して安定経営を目指すなら、まずは看板商品を絞り込みましょう。そこで役立つのが「お客様の声」です。
ただし、気をつけたいのは、お客様の声を絶対視しないこと。お客様の声をもとに改善していくことは重要ですが、事業の舵をきるのはあなたです。あなたの商売が経営不振になったとしても、お客様は救ってくれません。お客様の要望は、果たして提供したい商品やサービスに沿っているか? 本質に照らし合わせて吟味することで、目指すべきブランドづくりの道が拓けるはずです。