デジタルハック傾倒の危険性
──なぜそうした状況が起きているのでしょうか。
木村:新規顧客を獲得するための手法として、デジタルマーケティングが主流になったことにより、ハック的な方法論(広告プラットフォームの抜け穴や他社がやっていないテクニックを活用し、顧客を安く獲得する方法などが該当)が世の中に広まりました。
また、毎年、様々な広告運用の手法がメディアの細分化によって多様化し、最先端のハックを取り入れることを最優先としたマーケティングを行っている会社が増えているため、デジタルハックを得意とする「デジタルマーケター」が採用マーケットには確実に増えています。
事実として、デジタル広告の予算が増えているので、デジタル広告の運用を専門とする人数が増えることには不思議はありません。
木村:そして、目の前の獲得効率を最優先する企業が増えたことで、本質的なプロダクトの価値である「WHO(誰に)」「WHAT(何を)」伝えるかという上流戦略については、時間やリソースがあまり割かれなくなりました。
ビジネスの成長において、スピード感を持って短期的に成果を残していくことを考慮すると、これらのハック思考は正しく、むしろこの発想を持っていないレガシー企業は、新興企業や新興ブランドに多くのシェアを奪われています。
一方で、HOWに偏ったマーケティングを推進し、一定の規模まで成長していたブランドも、WEB広告費の高騰や、群雄割拠な競合状況の影響で苦戦していることもまた事実です。
WHOとWHATの戦略が必要な理由
──スピード感を持って成果を出していくためには、HOW重視も決して間違いではなかったということでしょうか。しかし最近では、HOW依存の脱却を目指し、WHOとWHATに対する注目度が上がってきていますね。その理由についても、教えていただけますか。
木村:注目されている理由は2点あります。1点目は、HOWを中心とした手法では、売上が上がらなくなってしまっているからです。HOWの様々な手法については、マーケットでの模倣性が高く、競合優位性を保ってなくなってきています。爆発的に人口が増えている新興国や、ペネトレーション(使用経験率)が低い新規のカテゴリーであれば、競合優位性が保てなくても、ユーザーのパイが成長し続けるので、事業が伸び続ける可能性は大いにあります。
一方で、人口が増えず、使用者のパイが増えないカテゴリーは、競合とのシェアの奪い合いになってしまうため、プロダクトやサービスにおいて、差別化を持ち続ける必要があり、マーケティングにおけるHOWに関しても同様のことが言えます。デジタルマーケティングによる独自の獲得手法を確立し続けることは難しいため、より上流のWHOやWHATに立ち返って事業戦略を見直す事象は必然の流れだと思います。
2点目は、1と連動する方にはなりますが、P&Gやユニリーバなどのブランドマーケティングを得意とする会社出身のマーケターが、WHOやWHATの根本的な重要性をメディア等で発信していることによって、注目度を浴びてきているためです。
こうした背景から、WHOとWHATの重要性への認識は高まり、理屈としては理解されてきています。しかし、実践できるマーケターは非常に少ないのが実情です。