モノを売るだけがマーケテイングではない。マーケターの役割も変化していく
MZ:企業・ブランドの社会問題に対する取り組み、スタンスなどが、購買判断のひとつの材料となるような時代です。ウェルビーイング時代の企業ブランディングの在り方を模索している企業においては特に、この統合諸表は有用であると思いました。
小布施:ありがとうございます。私は、これからマーケティングの概念自体が変わっていくのではないかと思っています。Marketingは「Market-ing」の言葉通り、マーケットを動かすという意味で用いられていますよね。ですが、必要以上にモノを売りつけようとするマーケティングへの嫌悪感も最近は生まれてきているように感じます。なので、ウェルビーイング時代においては「マーケティングは、マーケット・ウェルビーイングという意味であるべきだ」というのが私の考えです。
お客様だけでなく、社員も取引先も社会も未来の世代もウェルビーイングにしていかなければいけない。「マーケットを構成するあらゆるステークホルダーを、企業活動を通してウェルビーイングにできているか?」が問われる時代が来ると思うのです。これにともない、マーケティングの概念、マーケターの役割もより広義にわたるようになっていくのではないでしょうか。
その点、この統合諸表を用いると、すべての企業活動を事業実績だけによらない形で見ることができるので、それぞれの活動の役割を整理しやすくなると思います。また、「この無形価値を伝えるためのコミュニケーションがあってもいいよね」というように、企業ブランディングにおけるメッセージの在り方が変わっていく可能性もあります。

MZ:1つの象限で価値が上がればその他も上がるというような、相乗効果もありますか?
小布施:あります。最近、人的資本経営という言葉をよく見聞きしますが、これは社員を元気にすることが中長期的に事業を成長させることにつながるという考え方です。社員のエンゲージメントスコアが高い企業は事業も伸びる可能性があるというように、将来的な成長を見据えたプレ財務指標として用いることができます。別のパターンでは、たとえば昨今の消費者の環境問題への意識の高まりを踏まえると、アパレルブランドの環境に配慮した取り組みは、ダイレクトに売上につながる可能性が考えられる。どこのボタンから押していくか? と考えるイメージに近く、経営の設計図あるいは羅針盤として捉えてもらうとよいと思います。
量的拡大から質的向上へ。より豊かな世界を共に創っていく
MZ:電通は、統合諸表ver.1.0をこれからどのように広めていく考えですか?
小布施:もともと日本経済新聞さんが展開しているイニシアチブ「日本版 Well-being Initiative」をサポートさせていただいており、ここでは「GDW(Gross Domestic Well-being/国内総充実度)」というキーワードを掲げています。

成長社会であった時代においては、GDPを高めることが重要とされてきました。しかし、成熟社会を迎えた今、GDPだけをこれ以上高めても世の中の発展には本質的につながらないのではないか、量的拡大から質的向上に企業も世の中もシフトしていく必要があるのではないか、という議論が起きている。そこで注目が集まっているのがGDWです。
そうしたGDPだけではない新しい尺度の議論が進む中で、企業価値をどうとらえ直せばいいのか、という議論も同時に起きています。それを統合諸表でサポートしていければと思っています。
MZ:Well-being Initiativeの参画企業は、すでに統合諸表を用いているのですか?
小布施:Well-being Initiativeに参画されている企業の皆様とは、統合諸表ver.1.0を用いたワークショップを行いました。統合報告書の中ですでに開示されている内容を埋めることで統合諸表はできあがるのですが、そうすると「あ、この部分が欠けている」「企業活動に一貫性がない」など自社の課題が浮き彫りになってきます。これまでの活動からすでに5つの課題の型があることもわかっており、統合諸表はまず、自社について知るきっかけになるツールとして使ってもらえるといいなと思っています。
また、統合諸表ぐらいシンプルに企業価値をまとめることができないと、結局のところ、社員が自社の企業価値を他人に語ることはできないとも思っています。マルチステークホルダーの時代になってきている今、社員が家族や取引先、学生や社会市民などへ自社の企業価値を伝えられるかどうかは、非常に大切なポイントです。そうした時に、このような1枚絵で企業価値を社員と共有できているかどうかは、とても重要だと思います。
さらに言うと、社員への打ち手は人事部が考え、環境への打ち手はCSR部が考え、でも経営全体を俯瞰した上で意思決定している組織や人はほとんどいない……というように、どうしても打ち手が部門ごとの個別最適になってしまう企業が多い中で、自社のことをこの1枚絵で社員と共有できていると、社員は全体視点を持った上で自分がやるべきことを考えられるようになります。統合諸表は、まさに経営の羅針盤としての役割を持たせることができるものなんです。
MZ:最後に今後の展望をお聞かせください。
小布施:経営層からすれば、統合諸表の4象限で経営を考えていくこと自体は新しい話ではなく、当たり前の話になってきていると感じています。けれど、その経営層の考えていることが、色々な立場の人にきちんと伝わることこそ大切です。それがロイヤリティを高め、仲間を作ることにつながり、まさに企業競争力に直結すると思っています。
統合諸表は、どんどん複雑化し細分化している経営の動きをシンプルに統合的に相手に伝えることができるツールだからこそ、色々な使い方の可能性を秘めています。今後は、事業・社員・社会・環境の4象限ごとに、その企業がどう報道されているのかという報道分析を行ったり、世の中のビジネスマンからその企業がどのような評価を受けているのかを4象限ごとにスコア化したり、電通としても様々な取り組みを行っていきます。

最後になりますが、やはり、自分のしている仕事が社会をより良くすることにつながっている世の中のほうがいいですよね。これは私個人としても思うことです。そのために、社会に良い活動をしている企業が評価される仕組みができたら素敵ですし、その活動自体も、正しいけれどやらされているつまらないものではなく、みんなが主体的に関わりたくなるような、遊び心のあるチャーミングなものであってほしいと思っています。そのためのサポートをしていけたら、とても嬉しいです。