STP分析ではスイートスポットを探す
田部:先ほど、うまくいかない第一のパターンとして「ブランドを大切にしすぎるケース」が挙がりました。とは言え既存顧客は無視できませんし、その人たちが支持するブランドを大切にする必要もあります。攻めと守りのバランスが悩ましいですよね。

木村:難しいところですが、数字やビジネスでジャッジするのが良いと考えています。ロイヤルティが下がって失われる総数と、新しいチャレンジによって伸びていく総数のどちらが多いか、テストするのです。全員がハッピーになるコミュニケーションをとることは難しいですから、新規顧客を獲得できて、かつ既存顧客もそれほど失わないスイートスポットを見つけるように意識しています。
田部:なるほど、面白いですね。スイートスポットを見つけてうまくいった事例はありますか。
木村:ユニリーバ時代に担当していた「LUX」の事例を紹介します。LUXは手に取りやすい価格帯でありながらもプレミアム感を意識したブランドです。グローバルのブランドブックには広告クリエイティブの方針が厳格に定められていて、日本人のセレブリティは起用できませんでした。
私がブランドマネージャーを務めていた頃、調査において「今の時代と親和性がない」というスコアが出ていたのです。そこで、Z世代を意識した「LUX ラックス ストレート&ビューティー」シリーズの広告に日本人を起用しようと考えました。グローバルと交渉し、乃木坂46(当時)の齋藤飛鳥さんを起用した結果、シェアを拡大することができました。
田部:新しいシリーズでチャレンジすることにより、ブランドの若返りを図ったわけですね。
木村:当時のデータを見ると、LUXが40~60代の方々に支えられているブランドであったことがわかります。その層のボリュームが大きい分、既存のマーケティングが正しいように見えますが、5年後を考えるとどうでしょうか。その層の方々が買わなくなったり、新しいブランドに取って代わられたりする可能性は大いにありますよね。今ご紹介した事例の背景には、若い世代にトライアルのきっかけを与える狙いがありました。
ecforceの事例に見るBtoBスタートアップの戦い方
田部:フェーズの早い企業の成功事例はありますか。
木村:私が関わったSUPER STUDIOのECプラットフォーム「ecforce」の事例があります。BtoCのブランディングとは異なり、カートシステムがブランドをつくっていくイメージはあまり湧かないかもしれません。現にecforceは、SUPER STUDIOが自社のD2Cブランドを販売するために開発したシステムが元となっています。このシステムが「使いやすい」と評判を呼び、外販後も口コミで成長してきたのです。

木村:より多くの人に使ってもらうための打ち手として、テレビCMを制作・放映しました。裏方のイメージが強いカートシステムですが、CMでは「システムを変えると売上が上がる」というコンセプトを打ち出したのです。実際、優れたシステムを導入して売上が上がるケースはあります。「システム=守り」のイメージを一新し、見た人の考え方や行動を変える。インサイトとコミュニケーションは表裏一体だと思います。
田部:「このシステムを使うと業務オペレーションを改善できる」と謳うプレイヤーが多い中、差別化にもつながりますね。インサイトは、仮説とインタビュー調査を行き来しながら発掘していくイメージでしょうか。
木村:かなり行き来しますね。「こんな人はあんなインサイトを持っているのではないか」と仮説を立てて、インタビュー調査で確認する。逆にインタビュー調査で別のインサイトが見えてきたら、仮説を立て直したり別の人に話を聞いたり。
田部:ヒアリングして聞き出すような単純なものではないと。
木村:インタビューに長けた人が的確なインサイトを必ずしも発掘できるわけではないと思っていて。消費者が口に出さないインサイトを「こういうことかもしれない」と想像しながら仮説を立てるようにしています。