生成AIが覆す従来型のマーケティングプロセス
有園:今日は高広さんをお迎えしました。いつもなら私から対談のゲストの方に「こんなテーマはいかがですか」とご提案するのですが、今回は本当に聞き手として、高広さんがお話したい話を聞き出したいと思います。最近、マーケティングやデジタル広告の分野においてどのようなテーマに関心がありますか?
高広:では早速ですが、AIとリテールメディアに関して最近考えていることを少しお話ししたいと思います。思い付いたまま話していきますね。
昨年末くらいから、画像生成やChatGPTなどの生成AIが注目され、広告業界でも「とてつもない変化が起きる」と言われるようになりました。では何が変わるのかといえば、クリエイティブの作り方だったり検索の仕方だったりと、実際のところインターフェイスに関する話がほとんどです。
僕自身は、AIが変化をもたらす可能性のある分野はアルゴリズムにかかる部分だと思っているんですけど、広告業界が現在の生成AIに関して展開している議論は、インターフェイスの議論に終始しています。
ではそのAIとマーケティングが将来どのように変化していくのか。その参考になる論文があります。2018年、DIAMOND Harvard Business Reviewに掲載された『「アレクサ」時代のマーケティング』という論文です。有園さんはこの論文、読みました?
有園:いえ、読んでません。どのような内容なんですか?
高広:Amazonのアレクサなど、プラットフォーム企業が進めているAIアシスタント/AIコンシェルジュの実用化が「顧客獲得」「顧客満足」「顧客維持」という分野にどのような変化をもたらすかを考察した論文です。これを読むと、確かに「これが出てきたら従来のマーケティングの考え方を根本から変えないといけないな」と思いました。
肝心の内容についてですが、例を挙げて説明しますね。Amazonに「Prime Try Before You Buy(旧プライム・ワードローブ)」というサービスがあります。これは事前に服や靴や鞄などを取り寄せて、自宅で試着して合わなければ返送し、買った分だけの料金を払うサービスで、僕も使っています。で、このサービスにAIコンシェルジュサービスが組み入れられたらどうなるでしょう。
Amazonは元々「他の人が買っているものに近しいものをレコメンデーションする」という協調フィルタリングを活用することからスタートし、画面のなかでそうしたおすすめ商品を表示するというアルゴリズムを展開してきました。それで思わず購入して、どのくらいお金が飛んだかわかりません、先ほどの『「アレクサ」時代のマーケティング』という文章の中では、そうしたリコメンデーションが物理的に起きる未来像を描いています。
たとえば、過去の購買履歴や閲覧履歴に基づき、AmazonのAIであるAlexaがおすすめ商品を選ぶ。自分が注文した品物以外にそれらのおすすめ商品が「勝手に」送られてくる。そして必要なモノ、欲しいモノだけを購入し、後は送り返すというようなリテールの未来像です。
有園:なるほど。
高広:そうするとですね、広告やマーケティングの世界で言われてきた、Attentionからはじまるようなモデル、たとえばAIDMAやAISASではない購買プロセスになります。つまり、AttentionやInterestといったプロセスが省かれてしまうことになるわけです。FMOT(First Moment of Truth)のように、「棚」がブランドとお客さんとの最初の出会いであるといったメンタルモデルも、同様に崩壊し、いきなりモノが送られてくるところがスタートになります。こうなると、従来的なマーケティングや広告の概念、その役割が根底から覆されるんですよ。
ブランドは認知されるべき、理解されるべき、親和性があるべきというものが全部省略されると、マーケティングの考え方そのものを全部変える必要があります。何しろ、いきなり「あなたに最適なリテールのパッケージ」が届いてしまうんだから。
もしAIがマーケティングに変化を及ぼすようになると、今話したようなレコメンデーション、パーソナライゼーション、カスタマイゼーションやカスタマーリレーションなど全部が変化しますし、さらに今の僕らが想定しないような「店舗型ではないビジネス」が融合した瞬間こそ、究極的に「変化が起きたときの状態」だと思うんです。
なので、AIが広告やマーケティングに及ぼす最も大きな影響というのを妄想すると、それはリテールまわりの変化であり、購買行動の変化に影響するところだと考えられるわけです。これでは、これまで言われていたような「人間の認知からスタートするマーケティング」という考え方は当てはまりません。これがAIの実装がもたらす究極的な変化でしょう。