実態が見えない不正広告
有園:博報堂は「World ID」を活用した広告ネットワークの構築に取り組んでいます。私としては「待ってました!」と期待できるプロジェクトです。広告収益を得るためだけに作られたMFA(Made-for-Advertising)と呼ばれるサイトなど、悪質な手法が横行しているため、「人間であること」を証明できるシステムが重要になると思います。まずは、森田さんが広告の現場で感じている課題について教えてください。
森田:私は10年ほど前に新卒で博報堂に入社し、最初にテレビ局を担当しました。当時はまだ業界特有の商習慣が色濃く残っていて、クライアントへテレビCM枠を販売する際、視聴率や慣例的な判断を根拠にすることがほとんどでした。そのような状況だったため、広告効果の測定に対して、問題意識を持ち始めました。
その後、広告効果を見える化することへの関心が高まり、デジタル広告部門へ異動しました。デジタル領域では、テレビではなかなか実現が難しかったあらゆる指標が可視化でき、広告成果を数値で把握する仕組みが整っていました。一方で、MFAなど不正に成果を作り出す仕組みが存在することも知りました。そして、広告主やプラットフォーマーから利益を得るために、意図的に数字が操作されるケースが少なくない状況を目の当たりにしたんです。
当時のデジタル広告では、広告が「どこに配信されたか」よりも成果指標の数値そのものが重視されていました。そのため、在庫が無数にあるデジタル広告で数字が仮に不正に水増しされていても、実態の把握が難しい構造になっていたのです。結果として、広告効果を正しく評価する基盤が整っていたとは言い難く、実態を把握できる方法はないのかと考えていました。
「広告費の半分は無駄」な実態は変わらない
有園:その課題を解決するためのシステムとして、World IDに興味を持ったのですね。
森田:はい。これまでのデジタル広告市場は、収益拡大を目的としてあらゆる接点に広告枠を設けるビジネスモデルが主流でした。この構造の下では、広告効果を示す数値指標の向上が最優先事項となっており、生活者への配慮よりも広告結果の数値改善が重視されてしまった面もありました。
その結果、広告は生活者にとって歓迎されない情報として受け取られる場面が増え、広告そのものへの抵抗感が高まっている状態だと考えています。この傾向は、従来の広告モデルが抱える構造的な課題を示す事象と言えるでしょう。つまり、一部の広告では、人間の意思や感情が置き去りになってしまっているのではないでしょうか。AIの普及でさらに不正が加速しているため、早急に対応が必要だと思いました。
どうすれば、本物の人間だけに、重複することなく広告を配信できるのか。模索していたときに紹介されたのが、個人情報を開示することなく実在でかつ一人の人間であることを証明するWorld IDでした。
有園:19世紀にジョン・ワナメーカーが「広告費の半分は無駄だとわかっているが、どちらの半分が無駄なのかはわからない」という言葉を残しています。デジタル広告の時代になっても、その実態は変わらないと感じたのですね。実際に、配信されたデジタル広告の50%程度が人間に届いていない、という話もあります。
森田:世界広告主連盟(WFA)が掲げるデジタル広告の8つの原則の中でも、アドフラウドへの対応が一番に挙がっています。しかし、現状の広告システムでは、どのクリックがbotによるものなのかわからないことが問題です。「誰が悪い」と一概には言えません。
今後、AIと共存する世界を本気で作っていくのであれば、広告システムそのものを一から新しく作る必要があります。私たちは、そのための実証実験を進めています。
