広告を必要としない(投下しない)本質的な理由
木村:僕にとってスターバックスは「小休憩」と言いますか、一息ついて気持ちを切り替えられるような場所なのですが、お客さんそれぞれでスターバックスの感じ方も異なっていくわけですよね。
森井:そうです、それは一つでないです。店舗では、目の前の一人ひとりのお客様に応えることを一番大事にしています。
木村:僕らのいたユニリーバなどのような消費財メーカーだと、最大公約数を狙いにいきますよね。その点で、スターバックスとユニリーバでは考え方に大きな違いがありそうです。
ユニリーバ・ジャパンに2009年に入社。約14年間、ラックスやダヴなどのブランドマーケティングを経験。国内を中心とした360度のプロモーションからグローバルのブランド戦略や製品開発まで、幅広く従事。ロンドン本社にて、ダヴヘアのグローバル全体のブランド戦略をリード。その後、ユニリーバ・ジャパンでのスキンケアカテゴリー統括とグループ子会社のラフラ・ジャパンの代表取締役を兼任し、PMI後のV字回復を達成。2021年より株式会社Brandismを創業し現職。BtoBからBtoCまで、国内外の多様なクライアントのブランド戦略立案や経営戦略を支援。著書『ブランド・パワー ブランド力を数値化する「マーケティングの新指標」』が2023年12月に刊行
森井:消費財メーカーは最大公約数を狙うのが一般的です。消費財のマーケティングでは、できるだけ多くの人に商品について伝える手段として広告宣伝があって、実際それが売上に繋がっていきます。P&Lのモデルがそうなっているわけです。
その点、スターバックスは、人と店舗に予算を投資して、これらを通してお客様の体験価値を高めることが直接ビジネスにつながるモデルになっています。スターバックスのマーケティングについてお話しする時、よく「広告を打つ・打たない」というトピックが出るのですが、「広告をするかしないか」のチョイスというよりも、ビジネスモデルの話なんです。つまり、マーケティングビジネスか、店舗と人を介すリテールビジネスかの違いですね。
また、全国に約6万人のパートナーと約1,900の店舗がある状況では、ある意味広告が必要ないとも言えます。
木村:なるほど、すごく興味深いです。売上増を実現するための構成要素として顧客体験が大きいから、店舗やパートナーの皆さんに投資をしているということでしょうか。
森井:そうです。実際に、お客様のエクスペリエンス向上が、結果的にビジネスやブランドの価値向上につながっています。
スターバックスが中長期で重視しているブランド指標
木村:スターバックスではどのようなブランディング指標を用いられていますか?
森井:一般的なマーケティング指標はもちろん追っていて、トランザクションやリピート率も見ていますし、ファーストパーティーデータも膨大に有していますから、CRMに関する指標も設定してデータをもとにトラッキングしています。同時に、ブランドの状態を見るために、ファネルも追っています。
これらに加えて別軸で設定しているのが「ブランド愛」を測るための指標です。長期的にブランドとして大事にしたいのはこの“愛”に関する指標ですね。もっとも、愛に正しい指標はないと思うのですが、我々なりに仮説をもって取り組んでいます。
木村:めちゃくちゃ面白いですね。
森井:面白いですよ。
木村:一般的なマーケティング指標とは、けっこう違うものなんですか?
森井:ブランドイメージをトラッキングする時の指標に近いとは思います。何がお客様の“エモーション”に繋がるのかの検証を重ねて、相関性を見出しながら、観測する数値を決めている形ですね。
木村:エリアや顧客の年代によって、その愛の傾向の違いも見えてきますか?
森井:数字やデータでもその違いは見えてくるのですが、スターバックスの場合、店舗でお客様の反応をミクロに、かつリアルタイムに直接見ることができます。ユニリーバからスターバックスに来た時、「お客様の反応を見ることができる」というのは、なんて面白いことなんだろうと思いました。定量データをマクロの視点で、お客様のリアルな反応をミクロの視点で見ていくイメージです。
