行動の背景には、必ず心理変化がある
西口:もっというと、心理にも「自分が意識していること」と「無意識」の2種類があります。前者ならすぐに回答してもらえますが、後者は質問しても本人が答えられません。今日、会社帰りになぜ焼き鳥屋に入ったのかと質問され「なんとなく……」としか答えられないことがありますよね。でも、実は忘れているだけで、直近でいくつか焼き鳥の情報を目にしていたことが理由かもしれません。
このように、本人がすんなり語れることは、あくまで氷山の一角です。水面下にある大きな無意識部分をどれだけ読み解けるかが、マーケターの腕の見せどころです。
MZ:いわれてみれば、うまく説明できない行動はかなりある気がします。行動にならないまでも無意識下で感じていることが、「インサイト」と呼ばれるものでしょうか?
西口:そうですね。ある特定の心理を、一般的にインサイトといいます。行動の背景には必ず、その行動に至る心理=インサイトがあります。
「ある特定の」と表現したのは、顧客のインサイトはその都度変わるからです。たとえば、顧客がある商品に興味を持った時のインサイト、実際に初購買した時のインサイト、使ってみた時のインサイトは違います。こうした心理を、一人ひとりにフォーカスして把握していくのが「N1分析」です。
MZ:一人の、特定の状況におけるインサイトを見つけていくのですね。よく、「顧客のインサイトを捉えよう」という言葉が聞かれますが……。
西口:それは大事なことですが、「誰の」「どんな時の」インサイトなのかを明確にせず、漠然と「顧客のインサイトをつかもう」と思っても、相当おおまかなことしか見えてこないのが難点です。
したがって、一人に時系列で行動とその際の気持ちをじっくり聞いていくことが有効です。架空の人物のカスタマージャーニーではなく、実在する人のリアルなカスタマージャーニーを把握することが重要です。
MZ編集部吉永は、どうして出版社に入社したのか?
MZ:カスタマージャーニーは、どのように把握するのですか?
西口:たとえば私が出版社の採用担当で、採用活動に生かすために「出版社を受ける人の心理を知りたい」としましょう。
吉永さんは少し前に翔泳社に入社されましたが、入社前のどこかのタイミングで「翔泳社で働いてみたい」と思ったわけですよね。その心理変化が「入社試験を受ける」行動として現れた結果の今がありますが、さらに手前には「出版社に入りたい」と思ったきっかけがあるはずです。
それは、ただ一つの理由ではなくいくつか複合的な要因が積み重なっている場合が多いです。いずれにしても生まれた時から「出版社に入りたい」と思っている人はいません。幼少期から本が好きで、大学ではこんな体験をして、出版業に興味を持った……のような一連のストーリーがあると思います。
MZ:その一連のストーリーが、カスタマージャーニーなのですね。
西口:はい。もちろん、出版社を志した動機を普通に質問しても、吉永さんは回答できるでしょうし、採用担当の参考になると思います。ただ、それは「その人が自分ではっきり言語化している動機」であって、インサイトとまではいえないですね。