ターゲットを決める時の二つの視点
MarkeZine編集部(以下、MZ):Kenvueが展開する解熱鎮痛剤「タイレノールA」のマーケティング戦略について概要をお聞かせください。
土方:解熱鎮痛剤のカテゴリーには、認知度が非常に高い競合他社のブランドが複数あります。Kenvueでは、タイレノールAの認知をより多くの方から獲得するために、テレビやインターネットを活用し、最も良い広告効果を発揮するメディアの組み合わせをこれまで模索してきました。加えて、新たなブランドマネージャーが就任したタイミングに合わせて、同カテゴリーでシェアを獲得するためにブランドの戦略を練り直し、コミュニケーションやクリエイティブを2023年10月から刷新しました。
土方:ブランドのターゲット層としては、主に30~50代の家庭を持つ女性を意識しています。このターゲット層の選定理由としては、大きく二つあります。
一つ目が、消費者の購買行動です。体調に異変があった時に鎮痛剤を買いに行くのは男性よりも女性の方が多いという特徴があります。そのためクリエイティブでは、生理痛・頭痛・腹痛・熱など、家族が抱える様々な痛みにも使えることを伝え、女性からの認知をより獲得できるように意識しました。
二つ目が予算規模です。将来的には、性別関係なくあらゆる人にタイレノールAを利用していただきたいと考えています。しかし現在は、大手の競合他社と比較しどうしても限られた予算の中で施策を考える必要があります。そこでまずは、女性による利用を意識してメディア選定を行ってきました。
認知度と購買意欲の向上を目指したCTV広告の活用
MZ:タイレノールAのマーケティング戦略を実践するにあたり、これまでどのような課題に直面していましたか?
土方:一番大きなものとしては、認知度の低さが挙げられます。タイレノールAは、海外では知名度のあるブランドですが、日本ではまだ認知が低いのが現状です。そのような状況だからこそ、マーケティング施策で何よりも重視してきたのが「いかに購買につなげられるブランディングができるか」です。
これまでは、テレビCMを出稿すると売上の推移は上がるものの購買率で見ると思うような結果が出ていないといったこともありました。また、広告予算の少なさから競合と比べても出稿量が少ないことも大きな課題でした。そういった背景もあり、限られた予算の中でインパクトが強い施策を打つことで、認知を拡大し、購買につなげられるプランニングを設計することが求められていました。
MZ:2023年10月から行った新たな取り組みでは、上記の課題を解決するために具体的にどのような支援を行ったのですか。
井川:今回のKenvue様との取り組みでは、具体的なキャンペーン実施内容を前提とせず、まずはKenvue様の全体的な課題感をお伺いした上で、その課題感に対応したプランを提案しました。
具体的には、限られた予算の中で購買につながるブランド配信を実現するために、デジタル広告の中で成長領域として注目されているTVerやABEMAを出稿先とするCTV面を含むOTT広告と、当社が有する購買データを組み合わせることを検討。この手法によって「どのような成果が期待できるか」「どのようにブランドの課題を解決できるか」とディスカッションを重ね、プランの立案を共同で行いました。
CTV広告を選んだ理由と着目すべき四つの特長
MZ:今回、出稿先をどのように選んだのか教えてください。
土方:まずTVerとABEMAを採用した理由は、「完視聴率の高さ」と「広告インパクトの大きさ」に魅力を感じたためです。たとえば、YouTubeではコンテンツが流し見されることが多いため、ユーザーの視聴態度が受動的になりがちです。しかし、プレミアム動画配信サービスではユーザー自身がコンテンツを選んで視聴するため完視聴率が高く、広告まで視聴される率も高いです。これは当然、広告主にとっても商品の特長を消費者にしっかりと届けられることを意味します。さらに、これらの媒体はテレビデバイスを使って視聴されることが多いという特徴があります。そのため、デジタル広告の特性を活かしつつ大画面の環境でテレビCMの素材を活用して広告訴求ができるので、強い印象を残せることもポイントでした。
井川:CTV広告面には、他に二つの強みがあります。一つ目が、「共視聴」です。CTV広告の中でもTVerやABEMAなどのプレミアムな動画配信サービスが持つ広告枠になると、家族や友人と一緒に複数人で番組が視聴されることが多いです。これは1インプレッションあたりのリーチ数が実質多くなるともいえます。
二つ目が、「信頼性の高さ」です。コンテンツの質が高い媒体への広告掲載により、ターゲット層のブランドに対する信頼性を上げるコミュニケーションが期待できます。特にタイレノールAは解熱鎮痛剤という商品特性上、信頼性の高い媒体で広告が出ているか否かは非常に重要なポイントでした
また、プロフェッショナルが作成するプレミアム動画コンテンツ内の広告枠は、視聴者の購買意欲を高めるというデータもあります(※)。認知獲得だけでなく、商品理解、その先の購買というアクションまでを目標とした時に、プレミアム動画配信サービスは貢献度が非常に高い媒体であると考えられます。
※The Trade Deskと調査会社Kantarが実施した「日本のOTT広告ガイド」より
購買データを活用して適切な広告量でリーチを最大化
土方:当社のような消費財メーカーは、売上の大半が実店舗からであることがほとんどなので、デジタル広告の効果測定が難しいといった課題があります。テレビCMでも番組レベルでのターゲティングは可能ですが、デジタルほど正確ではありません。このような中で、The Trade Deskの広告プラットフォームは、ドラッグストアの購買データを掛け合わせたCTV/OTT配信ができ、その効果分析も様々な角度からできるため、非常に魅力的でした。
また先述の通り、タイレノールAは限られたリソースの中でいかにシェアを拡大できるかが鍵となります。そのため、競合を含む鎮痛剤、併売商品、子供向け商品などの購買関連データと、クオリティの高いターゲティングを取り入れました。その上で、注力する配信エリアを指定することで、必要なユーザーへの効率的なリーチを優先して行うことができました。
井川:当社のメディアバイイングは、購買データを活用したCTV/OTT広告配信に加え、動画視聴後のサイト訪問や購買リフトを可視化することで運用最適化が可能になる点が特長です。
さらにプラットフォーム上で複数のチャネルや媒体を配信先として選択でき、横断してフリークエンシーコントロールをかけることが可能です。これにより、ユニークリーチを最大化させつつも過剰な広告露出を防ぎ、ブランド毀損のリスクを下げることが期待できます。
土方:フリークエンシーコントロールが媒体を横断してできるのは非常にありがたかったですね。元々私たちも、複数のデジタル媒体を併用してプロモーションを行うことで、同じユーザーに同じ広告が必要以上に何度も表示されてしまい、かえってブランドへの好意度が下がることや広告過多により必要以上に予算を消化してしまうことを懸念していました。しかし、今回は適正なフリークエンシーを守りながら媒体横断でプロモーションを行うことができ、限られた予算で多くの方へのリーチを実現できました。
新規顧客開拓やブランド認知向上にも購買データ活用が有効
MZ:今回の施策による成果をお聞かせください。
土方:今回のキャンペーンを通して想定リーチを大きく上回ることができました。ユーザーの購買を基準としたCVRはTVCM過去実績を基とした想定より207%高くなっており、解熱鎮痛剤のニーズが落ち着いている通常の時期と比べて売上個数は118%に伸長しました。これは過去の施策と比較しても非常に良い結果です。
井川:ブランドリフト調査では、広告非接触者と比較してブランド認知が55%、ブランド利用意向も54%とそれぞれで上昇しました。
土方:それに加え、実は男性のリフトが高く、反応が良かったという面白いインサイトもありました。
井川:インパクトのある配信とターゲットに合わせたクリエイティブ、適切なメディア選定のすべてが功を奏したのだと思います。もしかすると、購買データの活用といえば「ローワーファネル向けの販促施策」で活用するイメージがあるかもしれません。しかし、今回の施策を通して、新規顧客の開拓やブランド認知獲得にも有効だと実証できました。
メーカーでも購買を追って運用できるのは大きな一歩
MZ:今回の施策を通して得られた気づきは何かありますか。
土方:今回の施策では、CTV面を含むプレミアム動画広告と、購買データ活用のフルファネルにおける有効性が確認できました。配信結果を評価した後、The Trade Desk様とは次の取り組みも開始しましたが、配信によって得た成果を基にベンチマークを定めることができ、メディアプランニングにも活かすことができました。
また当社では、実店舗での売上比率が高く、公式通販を持っていません。そんな当社のような消費財メーカーにとって通常は追うことが困難な購買まで消費者の行動が追えることは非常に効果的だと感じました。それにも関わらず、地上波テレビ広告とは違い、SNS広告を出稿するような額で利用できることにも驚きましたし、今後は購買リフト計測にもチャレンジしたいと考えています。
井川:今回のような結果を得たことで、今後はこれを基準として、クリエイティブやターゲティングを変えながら、改善のサイクルを回せるようになりました。
土方:私たちにとって、CTV広告や購買データ活用は新たな挑戦でした。今回の成功はこの領域に知見を持つThe Trade Deskというパートナーの協力があったからこそ得られたものだったと考えています。エリアやKPI設定、さらにはどのブランドで施策を行うかという初期の段階から井川様と一緒にディスカッションしながら施策を進められたことで、検証の切り口や消費者行動など新たな学びや気づきが多くあったと感じています。
MZ:最後に今後の展望をお聞かせください。
土方:購買データの活用を当社が持つ他ブランドにも横展開していけたらと考えています。現状は活用可能な購買データを提供するリテール事業者が限られていますが、今後この領域が拡大することで購買データを活用できる当社ブランドや施策において実践できることも急激に増えていくだろうと期待しています。
井川:当社のプラットフォームでは、1社のデータや媒体に限定せず、様々な要素を組み合わせた分析により、KPIに沿った最適化を促し、ターゲットリーチおよびユニークリーチの最大化をサポートします。
また、購買データは、新規獲得、競合リプレイスに向けたブランディングなど、フルファネルで活用するポテンシャルを秘めています。今後もブランド様の期待に応えて様々なパートナーシップを組みながら、CTV・OTTの広告枠の拡充や、さらには購買データ活用したマーケティング施策をリードしていく存在になっていきたいです。