当たり前の常識こそ、一度疑うべき
田中:たしかに、マーケティングには「当たり前と思われているけど、実は根拠のない概念や理論」が数多く存在しています。芹澤さんが今回ここに着目されて、一点集中的に『戦略ごっこ』の論を展開されたことには、大きな意義があると思っています。

芹澤:ありがとうございます。実は、『戦略ごっこ』にあるようなエビデンスドベースの論は受け入れられないこともあるんですよ。たとえば、「自分の経験ではこうだった。だからこういう例外もある」というような意見をいただくことも度々あります。
ただ、「何が一般的で、何が例外か」のバランスを誤らないことは、マーケターにとって非常に重要であると思うのです。フィリップ・コトラー教授、デービッド・アーカー教授の論で育ってきたマーケターの中には「STPやロイヤルティこそが事業成長のドライバーになる/ダブルジョパティの法則は稀に起こる事象であり、どちらかというと例外である」といったバランス感を持たれている方もいます。
ですが、戦略ごっこで参考にしている主要な実証研究は、数十のカテゴリー、数百のブランド、数万のサンプル、数年~十数年という規模のデータに基づいた話です。そして、その規模のデータで検証していくと、先のバランスは実は逆であることに気づきます。
エビデンスベーストマーケティングや広告効果の経験的一般化については、日本では田中先生が先駆けて提唱されてきたわけですが、「数ブランド×数年」といった個人の経験則とはまったく違う次元の話ですね。もちろんどちらが上かといった話ではないですし、現場ではそうした経験こそ求められることもわかりますが、単に経験的一般化とはそういうことではないのです。
田中:その通りだと思います。マーケターが一生に経験できるブランドの数や業種の数は限られていますから、おのずから限界があるのですが、やはり多くの人にとって自分の経験こそが信用に足る材料になります。どうしてもそれを信じてしまうのかもしれません。
芹澤:「消費者の捉え方・市場の捉え方」「ブランド論」「最適な予算の使い方」など、メディアや書籍で説かれている方法論を盲目的に信じてしまっているマーケターも多いと感じます。よかれと思ってやっていることが、まさか事業の成長を妨げているかもしれないとは、誰も考えないのでしょう。自分が見聞きした・信じている方法論が「正しいか否か」まで考える人はなかなかいません。というか、そこまで自分で確かめる動機も余裕もない、というのが現実ではないかと思います。