企業はリキッド消費にどう対応する?
MarkeZine編集部:では、企業はリキッド消費にどのように対応していけばよいでしょうか?
久保田:消費行動のすべてがリキッド化するわけではありませんから、リキッド消費に対応する必要がない産業、製品カテゴリー、企業、ブランドはたくさんあります。たとえば、お醤油やお砂糖といった、ブランド間の違いがわかりにくい製品を展開する企業の場合、リキッド化が大きな影響を及ぼすとは、考えにくいです。自社がリキッド消費に対応することの必要性は、冷静に見たほうがよいでしょう。
MarkeZine編集部:『デジタル時代のブランド戦略』7章で、リキッド消費環境に対応するための戦略として次の2つが解説されていました。
1.裾野を広げる戦略:リキッド消費におけるブランド・スイッチング傾向の高さを肯定的に捉えた上で、より多くの消費者を自社ブランドの(ライト)ユーザーとして獲得する戦略。
2.生活に溶け込む戦略:必要なときに必要なものを提供するブランドとなることで、消費者の日常を形づくる存在となることを目指す戦略。
※「裾野を広げる戦略」が“心地よい取引”を武器に、より広い範囲から顧客を“獲得”しようとする戦略であるのに対して、「生活の中に溶け込む戦略」は離反することを忘れてしまう“心地よい関係”を武器として、顧客との関係を“深化”させていく戦略だと言える。
このうち「1.裾野を広げる戦略」は、大手メーカーによる従来のマーケティング戦略と大差はないように感じたのですが、理解は合っているでしょうか?
久保田:そうですね。売り場を獲得し、消費者から忘れられないように広告を打ち続ける、「去る者は追わず来る者は拒まず」とった感じですね。典型的な例として、コカ・コーラやマクドナルドのマーケティングをイメージするとよいと思います。コカ・コーラやマクドナルドは、気まぐれな消費者にも上手に対応していますよね。

海外でも注目される、これからのブランド戦略
MarkeZine編集部:書籍でもページを割いて解説されているのは、「2.生活に溶け込む戦略」のほうでした。
久保田:はい、生活の中に溶け込む戦略では、消費者に対して個別的な価値提供システムを構築することがポイントになります。戦略は大きく5つのタイプに分けることができますが、今日はメーカー企業に有望な「タイプ3(オープン型の消費体験のサポート)」についてお話ししようと思います。
デジタル化の進展に伴い、メーカーはプラットフォーム型の流通業者(Amazonなど)にパワーを奪われています。これに対して「タイプ3」の戦略は、メーカーが流通業者からパワーを奪還する可能性を秘めているのです。
タイプ3:(購買ではなく)消費経験をサポートするために、複数の企業が共に、オープンな価値提供システムを構築する戦略。自社製品・サービスだけでなく、他社の製品・サービスも組み合わせることで、生活に溶け込む。
なお比較対象として、「タイプ2」は複数の自社製品・サービスを組み合わせることで生活に溶け込む戦略である(例:Appleはハードウェアとソフトウェア、コンテンツなどを連動させて快適な消費環境を実現している)。
MarkeZine編集部:海外では、タイプ3の戦略を実現できている例があるのでしょうか?
久保田:いえ、まだこの動きはありません。しかし、海外のトップジャーナルでもこうしたタイプの戦略に関する論文が投稿され始め、学会賞などを受賞しています。たとえば、Wichmann, Wiegand, and Reinartz(2022)が提唱した「ブランド・フラッグシップ・プラットフォーム」という考え方は、メーカー企業においては特に注目に値すると思います(参考:『The Platformization of Brands』)。
タイプ3の戦略は、鋭い嗅覚を持った先駆的な人たちによって、その重要性が認識され始めています。「タイプ3=オープン型の消費体験サポート」は、今後の展望が期待されるブルーオーシャンの領域ですね。