自社データに閉じた分析に限界を感じていた
──まずは近鉄グループホールディングスが担っている役割について教えてください。
永田(近鉄):近鉄グループでは、鉄道やバス、タクシー、百貨店、スーパー、ホテル、レジャーなど、様々な生活関連事業を展開しています。当社はグループ各社のビジネス拡大を支援する立場です。
──グループ各社のビジネスを拡大するために、どのようなマーケティング戦略を掲げていますか?
永田(近鉄):近鉄グループホールディングスが掲げる未来戦略の一つに「デジタルサービスプラットフォーム」の構築があります。顧客と近鉄グループをデジタル技術でつなぐ新たな仕組みです。将来的にはグループを横断したアプリをローンチし、グループ各社の共通IDの導入を順次進めていく計画です。
これまではグループ各社で個別にデータを収集していたため、ほかのグループ会社が保有するデータや外部のオープンデータと掛け合わせて顧客理解を深めるような取り組みがほとんどできていませんでした。それゆえデータ分析の知見を持つ人材が育ちにくく、多くの場合は勘と経験に頼った意思決定にとどまっていました。
秋田(近鉄):自社のデータを使った顧客分析だけでは、自社を利用していない方々の実像を捉えることが難しいです。「自社の顧客が自社以外でどのような消費行動を取っているのか」を把握することはできません。
秋田(近鉄):近鉄グループを取り巻く環境は大きく変化しています。鉄道事業に関しては、沿線の人口減少やリモートワークの普及により、従来のビジネスモデルでは変化に対応することが難しくなりつつあります。お客様はどのようなことに興味を持ち、どのような商品やサービスにお金を使っているのか──新たなビジネスモデルへの挑戦には、より深い顧客理解が必要であり、データ分析が大きな鍵を握っていると考えます。
「どこでいくら使っているか」がわかる点に魅力
──データ分析を強化するために、三井住友カードの「Custella Analytics」を活用したとうかがいました。近鉄グループホールディングスの課題を踏まえて、三井住友カードからはどのようなプランを提案しましたか?
荒木(三井住友カード):まずフェーズ1として、近鉄沿線居住者の分析をご提案しました。沿線に居住しているものの、近鉄グループを利用されていない方もいらっしゃいますから、この方々が外部でどのようにお金を使っているのかも明らかにする必要があります。未利用の沿線居住者に近鉄グループを利用してもらうためには、どのようなコンテンツやターゲット設定、プロモーションが必要か。戦略立案のヒントをマーケティングの4Pの観点から検討いただけるようなプランです。
荒木(三井住友カード):フェーズ2としてご提案したのは、利用金額や利用回数などに応じて顧客を分類し、各タイプの特徴を分析するプランです。ロイヤルティの高い顧客像を可視化した上で、より多くの方にLTVが高いお客様になっていただくための示唆を提供する狙いがありました。
──三井住友カードにデータ分析の支援を依頼した理由を教えてください。
溝口(近鉄):第三者データには公的統計や位置情報など様々ありますが、自社の利用者および非利用者が「どこでいくらお金を使ったか」を示す決済データは非常に有益だと感じたためです。三井住友カード様には当社の課題やニーズを踏まえた分析プランを提案いただき、その点も決め手の一つでした。
秋田(近鉄):問い合わせに対するスピーディーな対応も魅力的でした。私たちが決済データを直接閲覧できるわけではないため「このような項目はわかるか」「どのような背景からこの結果に至ったのか」などの要望や疑問が生じた際に、素早く対応していただく必要があったのです。丁寧なフォローアップは、社内に分析結果を報告/共有する際の助けにもなると考えました。
注力すべき路線は?居住者の属性も可視化
──具体的な分析内容と、得られた示唆を教えていただけますか?
岩楯(三井住友カード):フェーズ1の「近鉄沿線居住者の分析」では、各駅の利用者が多いエリアを近鉄グループホールディングス様に示していただき、当社の決済データを用いて分析を実施しました。これにより、居住者の属性や消費動向、ボリュームゾーンにあたる層を特定できます。また、路線ごとの居住者の特徴も明らかにし、各路線の色に合わせてマーケティング施策を立案できるようにしました。
岩楯(三井住友カード):近鉄沿線の全体的な傾向として、50代女性の比率が高いことや、高年収の方が多く住まわれていることなどがわかりました。細かく見ていくと、たとえば難波線沿いには若い男性の居住者が多く、奈良駅周辺は近鉄グループの各種サービスを利用されている方の比率が他の駅と比較して高かったです。
永田(近鉄):近鉄の鉄道路線には300近くの駅があり、路線によって利用実態も様々です。これまで肌感で捉えていたことをデータで裏付けることができたと思います。
岩楯(三井住友カード):フェーズ2のロイヤルティ分析では「近鉄グループ内事業の累計利用金額」と「全購買における近鉄グループの利用率」という2軸でマトリクスを作成し、当社の会員を次の4タイプに分類しました。
優良顧客
近鉄グループ内事業の累計利用金額が高く、全購買における近鉄グループの利用率も高い
優良顧客予備軍
近鉄グループ内事業の累計利用金額は高いが、全購買における近鉄グループの利用率は低い
一般
近鉄グループ内事業の累計利用金額が低く、全購買における近鉄グループの利用率も低い
未利用
近鉄グループの利用なし
優良顧客予備軍の利用率を高めるヒント
岩楯(三井住友カード):着目したのは、高い購買力を持ちながらも近鉄グループの利用率が低い「優良顧客予備軍」です。具体的には30~40代の男性が優良顧客予備軍として浮かび上がってきました。
当社のキャッシュレスデータを用いれば、優良顧客予備軍が近鉄グループで利用している業種と、近鉄グループ外で利用している業種がわかります。これによって近鉄グループホールディングス様が注力すべき事業を明らかにし、優良顧客予備軍のグループ内利用率を高めるためのヒントを示しました。
荒木(三井住友カード):分析を実施する前は、弊社と近鉄グループホールディングス様の提携カード「KIPS-三井住友カード」の保有者が、ロイヤルティの最も高い顧客であるという仮説を立てていたんです。ところがふたを開けてみると、KIPS-三井住友カードをお持ちでなくても十分に優良なお客様が数多くいらっしゃいました。この点は意外でしたね。
荒木(三井住友カード):KIPS-三井住友カードを保有していないのに近鉄グループをよく利用しているということは、つまりその方がポイント還元率などの強い動機によらず近鉄グループをフラットに利用していると言えます。このような方々の受け皿として、近鉄グループホールディングス様がこれからリリースする予定のアプリがうまく機能するのではないでしょうか。
優良顧客予備軍は実店舗の利用率が低い
──分析を通じて得られたメリットを教えてください。
永田(近鉄):優良顧客と優良顧客予備軍の差分を明らかにしていただけたことです。優良顧客の方々は、日常的なお買い物で実店舗を多く利用してくださっていました。一方、優良顧客予備軍の方々は実店舗の利用率が低く、日常的なお買い物はオンラインで済まされているケースが多かったです。なんとなく持っていた感覚をデータによって裏付けることができました。
溝口(近鉄):全購買における近鉄グループの利用率を見ることができたのは非常に画期的だったと感じています。グループ内の利用金額から優良顧客を導くことはこれまでも可能でしたが、「ある人が使ったお金のうち、近鉄グループで使ったお金がどの程度か」はキャッシュレスデータを用いなければ知り得ません。
秋田(近鉄):優良顧客予備軍にあたる30~40代の男性の特徴を把握できた点が良かったです。自社のデータベースでは、ほかの性年代に比べて母数が少ない層でしたから、三井住友カード様のキャッシュレスデータによって捕捉することができました。新規顧客開拓の足掛かりを見出すことができたのではないでしょうか。
グループ各社との連携強化に鍵
──最後に、皆さんの展望をお聞かせください。
永田(近鉄):データマーケティングを強化し、既存顧客のペルソナを明確にするだけでなく、潜在的なニーズも明らかにしていきたいです。顧客満足度の向上は、中長期的な視点に立てば近鉄沿線の価値向上にもつながるものと期待しています。
秋田(近鉄):近鉄グループの事業は、店舗の出店や鉄道の線路敷設など、地理的な要因と密接に関わっています。今回の分析結果は、当社が新たに参入する事業や展開するエリアなど、今後の事業戦略の方向性を見定める際にも役立つはずです。
溝口(近鉄):今回の分析で得られた示唆をグループ各社にしっかりと伝え、事業成長に役立ててもらえるようにしたいです。今後は「決済データをどのように活用すれば売上に寄与できるのか」「どのような施策が考えられるのか」をグループ一丸となって検討し、実行に移していくことが重要だと思います。
岩楯(三井住友カード):近鉄グループ各社様とも決済データを活用したお取り組みをご一緒させていただき、商圏エリアごとの特性や各社の利用者の特性を考慮した施策を検討できれば幸いです。
荒木(三井住友カード):今回の分析結果を具体的な施策に落とし込むためには、近鉄グループ各社様の協力が不可欠です。将来のアプリローンチ後も、近鉄グループ内での買い回りや利用額・利用回数・利用単価の増減、離反顧客などの観点で、顧客のロイヤルティ分析を引き続きお手伝いさせていただきたいと考えています。