田中先生あとがき:『戦略ごっこ』が各方面に与えた影響
対談の中でも触れたように、芹澤さんの著書『戦略ごっこ』ほど実務界だけでなくアカデミアにも影響を与えた近年の著書を私は知らない。どのような点がそのような影響を与えたのだろうか。
まず、これまでのマーケティング実務界において「常識」≒「事実」ないし「真実」、とされてきたことが必ずしもそうでなかったことを正面から指摘した点である。
たとえば、AIDMA、AISASのような「フレームワーク」は、もともとマーケティング・プランニングのために考案された枠組みであって、それ自体は科学的な根拠をもっていない。それにも関わらず、AIDMAならば注意→興味→要求→記憶→購買、というように「線的」に購買行動が起こると考える人が後を絶たない。実際にはこのように線的に消費行動が起こることはありえない。こうしたことはすでに拙著『現代広告論』(有斐閣)などでも触れられてはいるものの、説得力をもって芹澤さんが示したことは大きな貢献であった。
また、芹澤さんは本書を通じて「エビデンス・ベースト・マーケティング」つまり証拠に基づいたマーケティングの実践の必要性を唱えている。たとえば、ダブルジョパディの法則に沿って考えるならば、少数のロイヤルティが高いユーザーを育成することよりも、高い市場浸透率を獲得して多数のライトユーザーを生み出すほうが競争上有利に働くことになる。市場でシェアが高いブランドとは、新しいユーザーを継続的に獲得することができているブランドのことなのである。
さらに、芹澤さんは「マーケティングの一般化」にも関心を示されている。以前から同じことを考えてきた私にとっては大きな援軍を得た思いであった。一般化とは、マーケティング研究で発見された事実から「法則性」を見出し、それを実務に応用しようとする考え方である。このような法則性を見出そうとする研究姿勢が実務においても今後ますます重要になることは疑いない。
私が見るところ、芹澤連さんはマーケティング界における希少な「在野研究者」である。在野研究者とは、大学のような研究機関に属さない民間の独立した研究者のこと。私はこうした芹澤さんの生き方にも大きな共感を覚える。ぜひ今後とも在野研究者ならではの視点を示し続けていただけることを期待している。