デジタル、テレビ、データ分析……領域別に見るAI活用
──次に、AIが及ぼす影響について、業務別に区分けして整理します。まずは、バナーの大量生成など、デジタル広告における影響についておうかがいできますか。
山本:バナーの生成に関しては、かなり活用が進んでいます。ただし、作ったものをそのまま配信できるレベルには至っておらず、たとえばデザインの一貫性が欠如していたり、文化的な配慮が欠けているといったケースが見受けられますね。とはいえ、人間が最後にチェックして微修正すればよい程度にまでは到達しています。
──テレビCMなど徹底的に質を追求した広告クリエイティブに、AIが入り込む余地はあるのでしょうか?
児玉:最終的な制作物をAIのみで制作できるかどうかは、正直なところ未知数です。テレビなど影響力の高いメディアでAIを使うにはまだリスクが高く、模索している段階ですね。
一方で、最終制作物になる前のプロトタイプや絵コンテ、カット割などには大いに活用されています。今後は、制作のリードタイムがさらに短くなっていく可能性があるでしょう。AIでプロトタイプの動画を作り、必要な部分だけキャプチャするというように、将来的には制作プロセス自体が変わっていくかもしれません。
──CM制作などに関わるトップクリエイターたちも抵抗なくAIを使っていますか?
山本:はい、敵対関係はなく、むしろ自分の気づきを広げるために積極的に活用している印象です。おもしろいのはその使い方。ターゲットペルソナをAI上に作り、そのAIペルソナと対話するのはもちろん、「クリエイターの○○さんの視点を借りたい」と、そのクリエイターの特徴をプロンプト入力する人がいたり。「自分自身と話したい」と言って、自分のこれまでの作品や思考プロセスを学習させている人もいたりします。
「自分を高めるためにやれることはすべてやる」という思考のクリエイターは、自己研鑽のために早速AIを活用し始めています。
児玉:dentsu Japanには、アイデアを無限に生成できる「AIQQQ STUDIO(アイキュースタジオ)」や、AIコピーライター「AICO2(アイコ ツー)」があるので、これまでAIに触れてこなかったクリエイターも、簡単にゼロイチのアイデア出しに使うことが可能です。
──続いて、データ活用や分析の分野についてはいかがでしょう。AIでほぼ自動化される分野でしょうか?
山本:現在のAIは目的に向けてプログラムを動かしながら修正していくといった作業も可能です。
今まで、データサイエンティストがフレームに則って行ってきた作業は、AIの導入によりさらに効率化され、より高度な分析や創造的な業務に集中できるようになるでしょう。
──今後、データサイエンティストの身の振り方も変わっていきそうですね。
山本:そうですね、二極化していくと思います。データサイエンスを追究し、AIがまだ知らない手法を作る第一人者となるか、マーケティングもできるゼネラリストとなっていくか。ただ、インサイトの関連性を考えたり結び付けたりといった作業は、人間の仕事として残り続けると思われます。
パーソナライズ・マス・マーケティングの実現を目指して
──AIの変化が目覚ましい中、マーケターはどんなマインドで働いていくべきでしょうか?
児玉:これからは「オタク」の時代だと考えています。先にお話ししたとおり、多くの業務がAIでカバーされるようになってきています。そんな時代にマーケターに求められることは、「AIが生成できないインサイトを持っているか」なのではないでしょうか。
たとえば自動車のマーケティングをする際「データ分析はできますが、車のことはまったくわかりません」という状態だと、AIと競合することになってしまいます。「車好きは意外にこんなことを気にしている」というインサイトがわかるくらい、自分自身が車好きであることが大切です。オタク的な専門性や「好き」という気持ちは、AIにはない人間ならではの強みです。これからのマーケターは、自分自身の専門性の深さを求められていくことでしょう。
──最後に、dentsu Japanが目指す、AI×マーケティングの将来像を教えてください。
山本:「パーソナライズ・マス・マーケティング」を目指していきたいと考えています。
これからAIによるインタラクティブなコミュニケーションが普及していけば、顧客一人ひとりのニーズに向き合ってAIが接客する「パーソナライズ」が間違いなく進んでいきます。ただ、表現は多様化する一方で、根幹にあるブランドメッセージはきっと一貫しているはず。パーソナライズをゴールとせず、あえて一度立ち止まって、各企業は自社のブランド価値や存在意義について問い直してみるとよいのではないでしょうか。今一度、大切な「核」となるメッセージを定めるべきです。
その上で、AIの力を使えばメッセージを伝えるための複雑な体験設計も可能です。たとえば、パーソナライズされた広告を複数回接触させ、一人ひとりのレスポンスをウォッチし、すべてのデータを集約して「ブランドメッセージが伝わり切ったかどうか」を1日で検証することもできるでしょう。ブランドメッセージを1年かけて1億回見せるのと、1日で1億回見せるのではまったく意味が異なります。大規模にスピーディーに、シンクロナイズドをどう作っていくか。マスの規模感はそのままに、パーソナライズしたマーケティングを展開していく、「パーソナライズ・マス・マーケティング」の世界観を作っていけたらと考えています。
dentsu Japanの社員は、「社会現象になるような素敵なことを実現したい」と思って働いているはずです。AIを身近な効率化のためだけに使うのではなく、社会にインパクトを残すような使い方をしていきたい。私たちは広告・マーケティングの企業として、AIで社会現象を起こせるよう、これからも挑戦を進めていきます。