引き続き注目のリテールメディア、そのパイオニアは今何を語る?
今小売・リテール業界だけでなく、広くデジタルマーケティング領域で話題のトピック、リテールメディア。平たく言えば、小売事業者が運営するメディアであり、自社ECサイトやオウンドメディアのほか、店舗内に掲げたサイネージなどもリテールメディアの一つだ。
リテールメディアの最大の利点は「購買意欲が高い人々が集まっている」場所で展開されるメディアであるということ。店舗やECサイトに訪れている人はもちろん、小売事業者が運営する商品情報サイトを訪問する人々も、「購入する商品を検討している」フェーズの人が多い。そのためリテールメディアに広告を出稿すれば、大きな成果が期待できるわけだ。
1983年に米国で設立されたカタリナマーケティングは、まだ「リテールメディア」という用語が生まれる前から「店頭のメディア化」に取り組んできた先駆者だ。日本国内では1999年に「カタリナマーケティングジャパン」を設立し、事業を展開してきた。
カタリナマーケティングジャパンで取締役副社長、最高執行責任者 COOを務める松田氏は「当社は主要なスーパーマーケットやドラッグストアなどの小売事業者と取引があり、国内流通市場22兆円のうち52%強の12兆円の実購買データを捕捉しています」と説明する。
同社の主事業は、小売事業者から預かったファーストパーティーデータを基にしたリテールメディアネットワーク「カタリナ」の運営だ。カタリナのDMPにはリテール1万店におよぶ実購買データが蓄積されており、その分析結果を基に小売事業者が自前で運営する「オンサイトメディア」、YouTubeやSNSなど広告配信先である「オフサイトメディア」、店頭の「フロントメディア」の広告配信を行っている。
2025年にはテレビCMを抜く?海外に見るリテールメディアの成長と課題
長年リテールメディアの成り立ちから現在まで見続けてきたカタリナマーケティングでは、現在高まっているリテールメディアへの注目度をどのように見ているのか。
まずリテールメディアの盛り上がりについて、松田氏は「リテールメディアは、米国ではテレビCM市場とほぼ同じ7兆円規模となっており、2025年にはテレビを抜いて2027年には現在のおよそ2倍の市場規模に達すると見られています」と説明する。
また、ブランド企業もリテールメディアのROMI(Return On Marketing Investment)の高さを認めており、74%の企業が「2021年と比べてリテールメディアへの投資は3倍に増加」しているという。
そんなリテールメディアだが、米国ではすべてのリテールメディアが成功しているわけではない。リテールメディアにおけるオフラインの主要商材である食料品分野の広告シェアで言えば、アマゾンとウォルマートの2社で約6割を占めている。つまり広告出稿は大規模リテールメディアに大きく偏っているわけだ。
またリテールメディア市場が成長するに連れ、課題も見えてきた。最大の課題は「マーケティングファネル上位にある『認知』分野に弱く、ロウワーファネルの『購買』にだけ有効」というものだ。他にも、個別リテールごとの独自のアウトプットがバラバラに展開される「ウォールドガーデン(特定のプラットフォームだけに閉じた環境)と化している」という指摘を挙げつつ、一方で、注目されているからこそ多種多様な リテールメディアが乱立状態になっていることも課題の一つとした。
これらの課題について松田氏は「広告主側は、豊富なキャンペーン実績のある広告プラットフォームのサードパーティーデータを活用し、様々なリテールメディアのパフォーマンスの可視性を高めること、そして統合したプランニングを進める必要に迫られています」と説明する。
先進する欧米の動きは以上の通りだが、翻って国内リテールメディアの状況はどうなっているのだろうか。カタリナマーケティングでは、同社のカタリナリテールメディアネットワークに参画している企業に、リテールメディアに関するアンケートを採ったところ、リテール企業35社、メーカー企業42社から回答を得たという。
国内小売/メーカーに聞いたリテールメディアへの「本音」
まずメディアの運営元である小売事業者に「現状のリテールメディアの運営(獲得売上や利益)をどのように評価しているのか?」と尋ねたところ、「うまくいっている」と評価した企業は9%で、「なかなか苦戦している」が46%という結果だった。
さらに踏み込んで「なぜ苦戦しているのか」(複数回答可)と尋ねたところ、次のような回答が得られたという。
課題には、「代理店などとの連携を含め、広告獲得のための営業運営体制の構築」や「広告知識やデータ分析スキルのある人材の採用」を挙げる企業も多い。日本のリテール事業者は「メーカーから仕入れた商品を販売する」のではなく、「店舗や自社サイトを広告メディア化する」というビジネスモデルの転換が組織的にうまくいかず、苦戦していると見られる。
これに対し、アマゾンやウォルマートは「広告知識やデータ分析の高度スキルを備えた人材が社内で音頭を取ることで成功しています」と松田氏は説明する。ここが国内リテールメディアと米国との大きな差となっている。
一方、メーカー側はリテールメディアについてどう捉えているのか。
アンケート結果によると、メーカーのうち「個別リテールメディアに継続出稿していない」という企業は71%に上っている。つまり大多数の企業がリテールメディアの継続活用に課題を感じていると言える。その理由としては主に次のようなものが挙がったという。
ただ、それでもメーカーの50%は「日本でも環境が整えばリテールメディアに対する広告出稿の興味度は高い」と回答しており、リテールメディアに期待しているのも事実だ。
これまで小売とメーカーの関係は「仕入れて商品を売る」「商品を卸して売ってもらう」という関係で、メーカー側が自社商品を小売事業者に“特に注力して売ってもらう”ためには販促費をかけるのが一般的だった。広告予算は販促ではなくマーケティング予算になるため、「小売事業者のメディアに広告を出稿する」という形は、そもそもの商習慣とはまったく別物だ。この戸惑いが、メーカーと小売事業者の双方に存在していると見られる。
テレビCM展開で起こりがちな「認知ごっこ」を防ぐ。事例から紐解くリテールメディアの活用法
そんなメーカーのマーケティング活動のなかでも、特に大きな投資はテレビCMの展開だろう。
小売店舗で買ってもらうには、まず認知度を上げることは重要だ。ところがテレビCMは、効果は大きいものの、それが売上にどれだけ寄与しているのかわかりにくい。実際、メーカー300社を対象とした調査(2023年4月・ノバセル社と実施)では「テレビCMを打っているものの、売上に寄与しているかわからない」「認知を積み上げているものの、売上に寄与しているかわからない」「認知は上がったが、売上は上がらない」という課題が上位になっていた。
この「認知を広げても売上につながったかわからない/つながらない」という課題は切実だ。松田氏によると、酎ハイなどすぐ飲めるアルコール飲料分野(RTD:Ready to Drink)において、ある新商品が新規購買者を増やすためにテレビCMを打ったところ、「1,300GPRの出稿を行ったにもかかわらず、追加で新規購買者を獲得するには至らなかった」という結果に終わったという。松田氏はこのようなケースを“認知ごっこ”と呼称する。
続けて、「この状況を改善できるのがリテールメディアの活用です」と松田氏は明確に述べる。テレビCMの認知度向上を活かしながら、店頭で広告展開を行うことで、購入までしっかりつなげていくという戦略だ。
カタリナマーケティングでは、ある日用品のテレビCM放映期と合わせ、購買データを基にしたデジタル広告配信と、店頭のインストアメディアでターゲティングオファーを行った。
具体的には、ターゲティングしたユーザーがSNSやニュースサイト、動画サイトを視聴している時にその商品のデジタル広告を配信すると共に、店頭ではその商品を購入する時に使えるインセンティブ付きオファーを発券。インセンティブ付きオファーは、インセンティブで購入意欲を促すのではなく、「オファーに表示されている商品を消費者が“見る”ことで認知を高められるので、購買を促進させることができるのです」と松田氏は話す。実際、オファーを受け取って実際に使うユーザーは15%にもおよぶというが、さらにオファーを受け取りながらインセンティブは利用しないが当該商品を購買する率は通常の購買率に比べて2.4倍にもなっているという。そのため、値引きが必要ない場合は商品告知広告だけで展開するそうだ。
こうしてテレビCMとリテールメディアの施策を実施したところ、テレビCMだけに接触したユーザーと、テレビCM+オファーがリーチしたユーザー(オファーのインセンティブは未使用)の購買指数を比べたところ、後者のほうが1.5倍高かった。さらにテレビCM+クーポン発券されてかつ利用したユーザーだと購買率はさらに向上し、通常来店者の購買率の4倍に上ったという。
リテールメディアを活用すれば獲得顧客の質も担保できる
テレビCMの認知度向上と、購入場所であるリテールメディアを活用すれば、購買促進で大きな効果が得られると期待できる。ではそこで獲得した顧客の質はどのようなものか。
カタリナリテールメディアネットワークでは、実購買データを活用してメーカーの戦略ターゲットである「LTVの高い層」に対してアプローチしている。具体的に言えば「自社製品カテゴリーの商品は良く購入しているが、自社製品はまだ買ったことがない」という層だ。
その層にテレビCMだけでリーチしようと思っても、獲得できる戦略ターゲット顧客は平均43%ほどだが、そこにリテールメディアを活用することで戦略ターゲットの獲得率は67%に跳ね上がるという。「新規獲得顧客のうち、約7割が良質な層という成果は、通常の戦術ではなかなか得られません」と松田氏は強調する。
リテールメディアデータを活用したデジタル広告も同じことが言える。デジタル広告で幅広くブロードリーチした場合、自社ブランドの商品に興味がある層は、「自社商品カテゴリーのなかの、さらに細分化されたカテゴリーのなかにある自社ブランド」と非常にニッチで小さなパイになってしまうが、データを活用することでそのニッチな層に絞ってターゲティングすることで、獲得効果も必然的に高くなることが期待できる。
リテールメディア活用を促す新指標「CPOTM」
こうしたリテールメディアの活用成果を基に、松田氏はある“提案”を行った。それはメディアの成果を図る新指標の導入だ。
「従来は広告パフォーマンスのKPIとしてCPM(Cost Per Mille)が使われてきました。効率的に多くのインプレッションを獲得するには『CPMの値が少なければ少ないほど良い』とされてきましたが、単にインプレッションを獲得するだけでなく、『本当に良質な戦略ターゲットを獲得できているか』という点も含めてパフォーマンスを評価すべきです。そこで私たちはCPMではなくCPOTM(Cost Per On Target Mille)という指標を提案しています」(松田氏)
CPOTMは、文字通り「ブランドにとって価値あるターゲットにインプレッションしているか」を測るものだ。この「ターゲットに」「リーチできているか」を測ることは、実購買データが活用できるリテールメディアの得意領域と言える。
もちろんターゲットを絞るので、CPMだけで測ればリテールメディアのほうが効率は劣る。たとえば「25歳〜49歳の女性」をターゲットにしたところ、YouTube広告のCPMは700円、カタリナのオフサイトリテールメディア「カタリナターゲティングアド」では1,000円だったが、訴求商品購買率ではYouTube広告が0.35%だったのに対し、カタリナターゲティングアドでは2.04%、CPTOMで換算すると約4倍の差がついた。
「そもそもターゲットを絞り込むほど、求められるパフォーマンスは非線形的に高まるものです。ターゲットへのリーチが半分になると、非ターゲティングと同じ利益を出すには1.8倍の広告効果が必要に。リーチが5分の1にもなると約4倍の広告効果が必要になります。しかし、時期によって広告のクリエイティブやタレント、流すタッチポイントを変えるだけで2倍、4倍にパフォーマンスを上げるのは難しいもの。リテールメディアを組み合わせて戦略層にターゲティングしたほうが、中長期的に見てブロードリーチよりも十分効果的です」(松田氏)
ビールカテゴリーでテレビCMとのメディアミックスを展開した事例では、リテールメディアは使わずにテレビCMを放映していた期間と比べ、顧客1人の獲得費用は約2分の1に抑えられ、10万人獲得までに要する期間も約3分の1に加速するなど非常に効果的だった。
またカタリナのリテールメディアでは、売上の57%を構成する上位10%の消費者にリーチするため、購買効果もさることながら、消費者自身にとっても有益なオファーとなり、メーカー、リテール、消費者のWin-Win-Win関係が構築できる。
こうした成果を踏まえ、松田氏は小売事業者、そしてメーカーがリテールメディアを活用できるようになるために三つの提言を行った。
「一つは、小売事業者もメーカーも『データに基づく広告戦略を』双方で展開できるように人材・組織を含め変化すること。次にメーカー向けの提言として、従来メディアとリテールメディアのミックス活用を展開すること。最後に小売事業者への提言として、自社単独のリテールメディアと共に大規模リテールメディアネットワークに参画することで規模を拡大していくことです」(松田氏)
特に最後の「自社単独のリテールメディアだけでなく、大規模リテールメディアネットワークとの併走」は重要なポイントのようだ。米国では大手事業者のリテールメディアに広告出稿が偏っているため、他の小規模リテールメディアが苦戦したり、逆にウォールドガーデンに陥ってしまったりという弊害も出ている。国内リテールメディアが盛り上がるためにも、個々のリテールメディアが力をつけると共に、ネットワーク化して規模拡大の両立を目指すことで、消費者・メーカー・小売の「三方良し」の実現が望まれる。