新たな提案を市場に広げる、マーケティング・コミュニケーションの工夫
白石:伺っていると、one hand magicは推しポイントがたくさんあることがわかります。それを市場に伝えるにあたり、マーケティング・コミュニケーションにおいてどのようなことを意識したのかお聞かせください。
下久保:one hand magicの1つのポイントは「ファッション性を失わない点」にあったので、障がいのある方を念頭に置きつつ、健常者の方にも「これいいね」と思っていただけるようなバランスを意識して商品やクリエイティブを考えました。
筧:当社はカタログ通販の会社なので、紙・Webという2次元のなかでどこまで伝わるか心配な点もありましたが、そこを補完するために動画を活用することにしました。「裏表のない世界」はコンセプトムービー1本だったのですが、今回は筋ジストロフィーの協力者の方が実際に着脱している動画や、働くお母さんの動画など4本制作し、自分事にしていただくことを意識しました。
長谷川:「裏表のない世界」のアイテムをリリースしたときは、当初想定していなかった方々にそれぞれ異なる価値を感じていただけたことが印象的でした。今回の「one hand magic」でも、購入いただいた方々のお声を聞きながら、お客様理解を深め、それぞれの方に寄り添った価値をお届けしていきたいと考えています。
白石:想定外のユーザーの方からの声を聞くと、本当に意外な気付きが得られますよね。私は、DE&Iの研修や講演などで「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」を扱うことが多いのですが、自分の思い込みに気付けないとアイデアなどの可能性の幅も狭めてしまうと感じています。お客様の声からその気づきを得ることで、より可能性を広げるコミュニケーション設計もできるのだなと感じます。
インクルーシブデザインを事業として成立させるには
白石:オールライト研究所は困っているマイノリティの方の課題解決にフォーカスしつつ、本当に多様な方のマイノリティな側面に寄り添い「ありのままでいい」というコンセプトを発信し、それを実現するデザインを生み出して事業化しているんだな、とつくづく感じました。冒頭に筧さんが「事業性を担保する」ということをお話されていましたが、大多数の企業はやはりそこがネックになり、なかなかDE&Iを軸に置いた事業に踏み出せない状況があると思います。事業化していくために何が必要なのでしょうか。
下久保:1つ印象に残っていることがあるのですが、協力いただいている障がい者の方が「私たちも健常者の方と同じ商品で暮らしを楽しみたい」とおっしゃっていました。機能性とファッション性、お手頃な価格をすべて満たす、障がい者の方向けの洋服には、これまで出会えなかったそうです。私たちは、障がいのある方にも着やすくて、かつ機能面だけに振りすぎず健常者の方も良いと思ってもらえるデザインにして、「間口の広い製品を作る」ことで、手の届きやすい価格で商品を届けることを実現しています。

筧:そうですね、いろんなお客様の「使いやすい」の最大公約数を上げるイメージですね。ありがたいことにうちの企画メンバーはそういう思いを汲み取ってくれる人たちで、「こうした方が使いやすいかな」と常に工夫・チャレンジしてくれるのです。この「諦めない」姿勢も非常に大事だと思います。
長谷川:私は、障がいをお持ちの方からも、そうではない方からの声も両方反復して聞くことが大切だと感じています。障がいをお持ちの方の困りごとを解決することで暮らしやすい社会に近づくと思いますが、そうかといって他の方々の声も大事にしないと、価値が十分に伝わらないことがあるからです。そこがこのプロジェクトの難しさなのですが、だからこそ思ってもみなかった機能や便利さ、心地よさが実現できるのだと思います。
白石:確かに両方の声を聞くということは大きなポイントですね。最近、障がいをお持ちの方が、SNSで日々の出来事について貴重な声を上げてくださるようになりました。しかし、あまり快く思わない層を中心に炎上する場合もあり、分断が起こる状況も発生しています。分断ではなく、全ての人のマイノリティな部分やシーンを包含する工夫で、事業として成り立つ間口の広い商品開発が実現すると感じました。本日はありがとうございました。
