組織体制を大きく変更/自社事業内のブランドポートフォリオも再構築
MarkeZine:では、どのように事業変革を進めてこられたのか、お聞かせください。
野原:はじめに取り組んだのは、「新事業ビジョンの策定」です。当社はエッセンシャルやメリットなど多くのブランドを有していますが、これまでは各ブランドでの個別対応に終始していました。その結果、事業全体としての方向性や目的、強みが曖昧になってしまっていたのです。そこで、「髪の生きる力を、人の生きる力へ」という事業ビジョンを策定し、関係者全員の意識を統一するところからスタートしました。
また、組織体制もドラスティックに変えました。具体的には、従来のバケツリレー式のプロセスを見直し、「スクラム体制」を導入しています。シーズ開発→マーケティング・コンセプトの構築→パッケージデザイン→生産→販売とプロセスごとに組織が分かれていたところから、チーム一丸となって短期間で集中的に開発を行う体制に変更しました。

以前のバケツリレー形式では、各プロセスで承認を得る必要があるため意思決定にも時間がかかってしまっていましたが、スクラム体制にすることで意思決定のスピードも格段に上がりましたね。
MarkeZine:短期間で「melt」「THE ANSWER」のヒットブランドを出せたのは、組織面のアップデートも大きかったんですね。
野原:もう1つ、今回の変革で注力してきたのが「感性マーケティング」の推進です。機能やスペックだけでなく、人の感情や気持ちを起点にしたブランドポジションの構築を進めています。
突然ですが、ドラッグストアのヘアケア商品の棚に、大体いくつのブランドの商品が並んでいると思いますか? 実は、150種類ほどのブランドの商品が並んでいるんですよ。そうした状況で、花王の製品を手に取っていただくためには、やはり「個性」が重要な要素になります。特にハイプレミアム市場で成功するためには「一貫した世界観・コンセプト」が必要です。

人の商品選択のプロセスには、「直感的・感情的」な部分と、「合理的・論理的」な部分の2つがあると言われています。ヘアケア製品の選択においては、まず前者が働き、続いて後者で詳細な検討を行います。つまり、機能軸や悩み軸での訴求ももちろん重要ですが、まずは感情軸での差別化が必要になるのです。
さらに言うと、有効な訴求要素となり得る機能やスペックは時代や技術の進化とともに変化しますが、感情的価値には時間軸を超えた普遍性があります。たとえば、「黒髪を美しく」という機能的価値はファッショントレンドの変遷により、需要の増減があるかもしれません。一方、「髪に自信を持つことでハッピーな気分になりたい」といった感情的価値は、時代が変わっても変動が起こりにくい。つまり、ブランドの核の部分に「感情的価値」を置くことで、中長期的に一貫性を保ちやすくなるのです。
MarkeZine:感情を起点にブランドのポートフォリオを構築していくとなると、具体的にはどのような軸で区分しているのでしょうか?
野原:ユングの心理学を参考に、感情を4象限で分類したKantar社の提唱するニードスコープをブランドポジショニングに活用しています。「ハイエネルギー(解放)」「ローエネルギー(快適さ)」「個人(社会的な向上)」「集団(つながり)」で構成されているものです。ここに各ブランドを配置し、それぞれの象限に合わせてブランド体験を構築しています。

このように定義することで、機能価値や成分などの商品特徴からブランド体験、プロモーションまで一貫性を持たせることができます。