買い物を義務的な営みにしないために
──まずはお二人の自己紹介からお願いします。
田中:新卒でイオンに入社して以来、一貫してマーケティングの領域を担当しています。
田中:新規事業のプロモーションや、クーポンを活用したデジタルマーケティング事業に携わったのち、マスプロモーションから店舗におけるプロモーションに至るまで、一気通貫で請け負う組織をイオンリテール内でマネージャーとして立ち上げました。現在はデジタル企画部の部長として、リテールメディアの推進やアプリ、サイネージの開発および活用によるお客様のロイヤルティ向上に努めています。
紺野:私はシステムエンジニアとしてキャリアをスタートさせました。小売企業向けの購入予測モデルを作成する新規事業に携わったことが、マーケティングに興味を持ち始めたきっかけです。
紺野:その後、2社のグローバルソフトウェアベンダーで製品の提案・導入支援に従事しました。現在はBrazeのカスタマーサクセスマネージャーとして、製品の活用支援を担当しています。
──イオンリテールでは、アプリを中心としたロイヤルティ施策を推進されているとうかがいました。
田中:当社のような総合小売会社は、衣食住に加えてヘルス&ビューティーの商品をフルラインで扱っています。忙しい毎日を送るお客様の買い物が義務的なものにならず、利便性や楽しさ、新たな発見を見出せるようにサポートすることが私たちのミッションです。
会員のペルソナを描き出す170項目
──顧客の買い物をサポートする目的で、どのようなことに取り組んでいますか?
田中:2017年より提供している「イオンお買物アプリ」を通じて、1to1のコミュニケーションに注力しています。たとえばアプリ内の「見つける」タブ内の「いるかも」欄では、過去にその方が購入した商品の履歴に基づいてレコメンドを表示します。さらに、レコメンドした商品のうち、今まさにクーポンの配布やキャンペーンの対象となっている商品を優先的に表示することで、お得な買い物体験を創出しています。
先日リリースした「店内モード」では、来店したお客様のアプリを自動で店内モードに切り替え、商品のバーコードをお客様自身がスキャンしながらカートに入れられる「レジゴー」機能やスタンプ機能など、店頭ですぐに使いたい機能を取り入れるようにしました。
アプリの「買うかもリスト」では、お客様が買いたい商品をフリーワード登録したり、クーポンのプラスボタンを押してリストに追加したりできます。要はオリジナルの買い物リストを作成して、買い忘れを防ぐための機能です。また、来店前に購入する商品を考えていただく機会の創出も目的としました。
イオンお買物アプリの画面キャプチャ。左から見つけるタブ内のいるかも欄、店内モード、買うかもリスト。「買い物リスト」「いるものリスト」という名称は義務的な意味合いが強くなるため、あえて「買うかも」「いるかも」とすることでメモのような気楽さを生み出している
──最近はAIやデータを活用した新たな取り組みも進めているそうですね。
田中:「消費サイクルリマインド」という機能のPoCを進めています。たとえば、洗濯用洗剤の消費スピードは家庭によって異なりますよね。各家庭で洗濯用洗剤が切れるタイミングに合わせて「そろそろ買いませんか?」というリマインドをプッシュ配信で行う機能が消費サイクルリマインドです。この配信にBrazeを活用しています。
「AI活用パーソナライズ」も、新たなチャレンジの一つです。当社には、購買データや行動データに基づいて独自に分類した、趣味嗜好を示す170項目があります。この170項目を1,400万人超のアプリ会員様お一人おひとりに付与し、AIを用いて精緻なターゲティングを行っています。
田中:たとえば、似た項目に当てはまるAさんとBさんがいたとします。Aさんは購入済みでBさんは未購入の商品があった場合、Bさんにその商品の広告を表示するイメージです。リテールメディアとしての役割も持つイオンお買物アプリでは、AI活用パーソナライズによってメーカー様にも大きな価値を提供できると考えています。
1,400万人超の会員と遅延なき1to1コミュニケーション
──今うかがった施策を実行するにあたり、数あるCRMプラットフォームの中でBrazeを選定された理由をお聞かせください。
田中:顧客ロイヤルティの向上を目指すにあたり、1to1コミュニケーションの高度化は避けて通れません。人の行動や生活スタイルは多様化が進んでいますから、カスタマージャーニーは人の数だけあると言えます。1,400万超という数の会員様に向けて、遅延することなく1to1コミュニケーションを行うためにはBrazeが最適です。BigQueryとの連携しやすさも魅力でした。
紺野:最近はBigQueryとの連携用にコネクタを提供する企業も増えていますが、その多くはデータを同期する頻度が一日1回であるのに対し、Brazeの場合は最短で15分おきにデータを同期することが可能です。その実行可能性の高さは強みだと思います。
また、Brazeではリアルタイム性を重要視しています。たとえば「ユーザーがアプリを立ち上げたタイミングでこのレコメンドを差し込みたい」と思っても、ユーザーによってアプリ立ち上げのタイミングは異なりますよね。Brazeの場合、各ユーザーがアプリを立ち上げたタイミングでイオンリテール様のAIエンジンからコンテンツをリアルタイムに引っ張ってきて、差し込むことが可能です。
──消費サイクルリマインドにおいて、Brazeが果たしている役割を教えてください。
紺野:Brazeの「キャンバス」という仕組みを活用いただいています。キャンバスとは、ユーザーの行動や属性に合わせた様々なパターンのメッセージを、フロー形式で作成するための仕組みです。イオンリテール様が蓄積している過去の購入履歴から各ユーザーの購入サイクルを算出し、各人にとってベストなタイミングを定めて通知を行っています。
田中:キャンバスは画期的な機能だと感じます。お客様一人ひとりの購入サイクルを算出したり、分岐の設定を手作業で行ったりすることは、ほぼ不可能ですから。キャンバスを使えば、私たちが最初に設定した条件をセットするだけで済みます。
自然言語で通知内容のチューニングが可能に
紺野:まだ正式リリース前の機能ですが、キャンバスの中に「コンテキストステップ」という新しい機能が実装されました。ユーザーごとのデータを基に、フローの途中でデータ加工や計算処理を行うことができる機能です。
コンテキストステップは「Liquid」というコードを書く必要があります。しかし、先日当社が発表したAIエージェントを組み込む機能を使うと、自然言語で処理を走らせることができるようになります。つまり今後は、さらに簡単に1to1コミュニケーションを実現することができます。
田中:保有データが膨大な当社にとって、PoCを実施する際に自然言語で気軽に指示できる点は魅力的ですね。
──AI活用パーソナライズにおけるBrazeの役割はいかがでしょうか?
紺野:AI活用パーソナライズでは「コンテンツカード」という機能を活用いただいています。この機能を使うと、表示するバナーをユーザーごとにパーソナライズすることができます。その際、出し分けの条件をBrazeに全てインプットしておく必要はありません。イオンリテール様がお持ちのAIエンジンに格納されたデータを、必要なタイミングでBrazeがリアルタイムに取得しに行けるようになっています。
230万通りのバナーの出し分けを実施
──お話をうかがっていると、イオンリテールが保有する豊富なデータとBrazeの強いシナジーを感じます。
田中:当社が保有しているデータは、年代で言うと乳幼児からシニアまで、さらにジャンルで言うと衣食住からヘルスケアまで多岐に亘ります。日用品だけでなく、ライフステージの変化によって購買が発生する商品もカバーしているため、データのボリュームは膨大です。そのように豊富なデータを適切なタイミングで1to1コミュニケーションに活かしたかったからBrazeを選びました。
Brazeさんは先進的な技術を常に取り入れながら、プロダクトをアップデートし続けている印象です。ご一緒していて学びが多いですし、難易度が高いオーダーに対応してくださる点が素晴らしいと感じます。
──消費サイクルリマインドはPoC段階とのことですが、AI活用パーソナライズの進捗はいかがでしょうか?
田中:バナーの並び替えをパーソラナイズした結果、230万通りのバナーの出し分けをすることになりました。11月下旬には、より大規模なPoCを行う予定です。また、クーポンの1to1実験も実施しました。700万通りのレコメンドが可能であることがわかっています。イオンお買物アプリのリテールメディアとしての価値を上げるためにも、単にバナーを配信するだけでなく「そのバナーが好意度や新しい発見にどうつながったのか」を追求することが大事だと考えています。
顧客一人ひとりの「反応しやすい送信時間」を計算
──Brazeを活用した施策で、既に効果が出ているものはありますか?
紺野:Brazeの「インテリジェントタイミング」という機能を活用した施策では、ポジティブな結果が出ています。インテリジェントタイミングとは、過去のユーザーごとのデータを自動的に分析してメッセージの最適な送信時間を計算する機能です。
田中:「●曜日の●時」のように画一的な時間で配信するよりも、インテリジェントタイミングを使って各お客様の反応しそうな時間にメッセージを配信したほうが、クリックしてもらえる確率は高いことがわかっています。
たとえばほっと一息つきたいときに「あれは買いましたか?」「こんなセールがありますよ」と言われても心地良さは感じられませんよね。このように、広告の配信方法を少しずつ改善しているところです。
──最後に、田中さんの展望をお聞かせください。
田中:AIなどのテクノロジーも活用しながら、お客様のロイヤルティを向上するために必要な施策を考え、PDCAを高速に回していきたいです。一つひとつの施策の積み重ねが結果につながると感じています。Brazeさんのようなパートナーのお力を借りながら、イオンリテールはマーケティングの会社へと進化を続ける考えです。
また、お客様のロイヤリティを高めるパーソラナイズの取り組みは、現在取り組んでいるリテールメディアの高度化にも活用しています。単なる広告だけではない、お客様に新たな価値や気づきをご提供できるよう注力していきたいです。
──田中さんの展望を受けて、紺野さんはどのようなサポートができそうですか?
紺野:Brazeは機能をどんどん拡張しています。AIエージェントが使えるようになると、新機能の実装が楽になり、PDCAもより高速に回せるようになるはずです。加えて、人の手による支援も引き続き大事にしたいと考えています。現在進めている大学との共同研究で得た知見や、Brazeに閉じないテクノロジーに関する知見をフル活用して、プロアクティブなご提案を差し上げることで、イオンリテール様の1to1コミュニケーションの高度化に貢献したいです。


